裏切りの代価 第九話
私はは立ち上がるとパンパンと手を叩いて、膝から崩れ落ちた警備隊員を鼓舞するように「ホレホレ」と口を丸くして見せた。
先ほど鳴っていたキューディラのスイッチをオンにして受話器を持ち上げ、軍部省内全体と市中警備隊全員に響き渡るようにした。
「お前ら、安堵するのはまだ早いぞ。お前らが盗み出した手榴弾は二百三十九発。それがあちこちで爆発したら大惨事だわな」
先ほど掌の中に収めた一本を机の上に並んでいる信管の列に並べた。
「で、危ないから予め細工して抜いといたのよ。でもさぁ、さっきから数えてるんだけど、二百三十八本しかなくてね。何回数えても一本足りないのよ。うっかりしてて一本残しちまったみたいだ。てへぺろ☆」
ウィンクしながら舌先を出して、拳で頭を小突いて見せた。
「おたくらに持ち出されてからはもう何にも把握してないから、どれに信管が入ったままなのか、わからないのよ」
膝から崩れて解放されたかと思っていた警備隊員たちの顔が一遍に青ざめた。
「さぁ聞こえてたかァ!? 反乱者ども! いったい誰がどこで死ぬのか、でぇぇぇすげぇぇぃむ! はぁーじまぁーるよぉぉぉー! わはははは! 共和国の安寧を揺るがしたヤツらァ! お前ら全員の裏切りの代価はたった一人の命! よかったなぁぁぁ! でも、だぁれのかなぁぁぁッ! 探してみろ。この件の全ての責任をそいつにおしつけた! お互いにたった一つの爆弾探せェェェ! あと十秒!」
私はゆっくりと数字を数えていった。数字も大体なものだ。正確に十秒前など分かるわけもない。
執務室にいる市中警備隊は青ざめた互いの顔を見合わせたまま動けなくなっている。
それもそうだ。自分の腰に着けている手榴弾が爆発するかもしれないのだ。だが、自分のではないのかもしれない。しかし、近くにいれば爆発に巻き込まれて死ぬ。部屋には数人程度だが、廊下には隊員たちは犇めいている。踵を返して全速力で逃げようにも逃げられないのだ。
私のいる執務机と取り囲んでいた警備隊員との距離は五メートルはある。私は手榴弾如きで死なない。せめて怪我でもさせたければ、抱きついて爆破させるしかない。
すぐ側に来ているフラメッシュ大尉を守る余裕さえも充分にある。
誰が爆発するのか、自分か隣の奴か、はたまた街中にいる奴か。全く分からない。
こういうとき、人間でもエルフでも大体の者は自分は大丈夫なのではないかという錯覚をする。
どうなるかわからない、でも、どこかでそう感じている。だから動けないのだ。動かないのだ。思考力を奪うのはたったの十秒という制限だけでなく、自らの慢心が奪うのだ。
まだ六だ。十秒とは数えると意外と長い。しかし、警備隊員たちには、どこにあるか分からない爆弾を探したり、潰し合ったりする行動力も思考力もないのだ。
混乱と慢心で警備隊員たちは何も出来ずに、爆発を待つしか無いのだ。
滑稽滑稽。裏切り者には丁度良い罰だ。
警備隊員が及び腰で硬直する中、静まりかえった執務室の中に私のいい加減なカウントダウンが響いていた。
壁に掛けられている時計の秒針が聞こえるが、私のカウントダウンと僅かに早くずれていて、それがますます危機感を煽っている。
しかし、カウントが残り一になったときだ。あの若い警備隊員が私に向かって突進してきた。そして、大股で隊長殿の遺体を跨ぐと、歯を食いしばり飛びかかってきたのだ。
どうやら待ってくれる女もいなければ生き残っても意味が無いと悟り、哀れにも自棄を起こしたようだ。
「奥方様、危ない!」とフラメッシュ大尉が大声を上げると同時にカウントはゼロになった。




