裏切りの代価 第八話
「長官への襲撃罪の現行犯、防衛の為でいいですか? 奥方様?」
隊長の男よりも先に引き金を握ったのはフラメッシュ大尉だった。肩からバットを外し、ひゅーと口を尖らせて息を吐き出し煙の上がる銃口を下げた。元カレだか元お友達だか、何食わぬ顔で撃てるのは、さすがだ。
「シナリオ仕掛けの勝利の女神は私に微笑んだみたいだな。だが、私は愛国者ではなく、憂国者。今の国は理想的だと愛に溺れる貴様らとは違い、この国をよりよくしていくのが憂国者。真の愛は目の前よりも未来への憂い。愛した帝国と消え去れ、欺瞞の愛国者め。愛の海で溺死しろ。しかし」
部屋をぐるりと見渡した。至近距離で撃てばはじけ飛ぶものが多い。本棚が血にまみれて真っ赤になっている。その赤の中を何か軟らかい物と白い塊がずるずると下がっていき、粘性のある血液が床に落ちてちたちたと音を立てている。
「あーあー、ブッ殺しちまいやがんの」
フラメッシュ大尉が驚いたように振り向いた。「尋問の予定がありましたか?」と両目を開き両眉を上げている。
「いや、必要ない。お前から全部聞いてるからな」
「べらべらとよく喋る男でしたからね。クーデターよりも井戸端会議の方が得意でしたでしょうね」と大尉は安心したように肩を下ろした。
「はっは、笑えねぇ。しかし、汚ぇンだよな。血の臭いってなかなかとれねぇんだよ。ここでこれからも仕事する私の身にもなれよ」
「申し訳ございません。シミの一滴残さず綺麗に致します」
「よろしく。で、後ろの隊員どもはどうする?」
銃撃に静まりかえっていたが、その中の一人が突然、一人が万歳万歳と狂ったように言い始めたのだ。やがて他の隊員たちもそれに続いて万歳三唱を始めた。
「た、隊長殿が死んだときキューディラと連動して身につけていた、て、手榴弾が爆発するんだ! もう終わりだ! 万歳万歳! 皇帝ばんざい!」
「何だと!?」というとフラメッシュ大尉が前に立ちはだかった。
「フラメッシュ、落ち着け」
「落ち着いていられますか! 爆弾ですよ!? この距離で爆発しては、いくら奥方でも!」
「爆発はしねぇよ」
机に肘を突いて手元に転がっていた金属の棒をつまみ上げた。五センチもない金属の棒は錆一つ見当たらない。
「お前らも声震えてんじゃねぇかよ。帝政思想なんか掲げた末に、クーデターは失敗。自爆死なんざバカみたいだろ? しかも私一人さえも殺せずになぁ」
金属の棒を人差し指で弾き上げて、落ちてきたそれを掌でキャッチして握った。
「奥方様、まさか、それ」
「そう。信管だよ。安心しろ。爆発はしない」そういうと市中警備隊は膝から崩れるようになった。
「ほぼ全部はな」




