裏切りの代価 第三話
ドアからは大勢の市中警備隊員が出口を狭められたチューブから出る水のように勢いよくなだれ込んできた。執務机を中心に半円形に私を取り囲むと銃を構えて一斉にこちらに向けてきた。
その中心が左右に分かれ、両側にいた警備隊員が出来た花道に向けて敬礼すると、後方から例の隊長殿がお目見えになった。オペラ座でイズミを連れ出そうとしたあの隊長殿だ。
「ユリナ長官、帝国の正義の為にあなたを拘束させて貰」
「テケレン、テンテンテンテン、テンテン↑。テン、テ、テテ。テケレン、テンテンテンテン、テンテン↑。テン、テ、テテ……」
隊長殿の気合いの入った声は突然鳴り響いたキューディラの着信音で遮られた。名乗り口上をブツ切りにされてしまい、隊長殿の顔は曇った。
鳴り響くキューディラに手を伸ばしながら「出ていいか?」と小首をかしげながら尋ねた。
しかし、「ダメだ」と隊長殿は首を振った。
「尤も、それに対応したところで、その内容にあなたは絶望するだけだ」
キューディラは相変わらず鳴り続けている。参った。このままでは私が取るか、キューディラの魔力が切れるまで鳴り響いてしまう。手を引っ込め両腕を上げるような仕草を見せて椅子にもたれ掛かった。
「隊長、それは長官が出るまで鳴り続けます。代わりに権限のある私が出ましょう」
聞いたことのある声が廊下から聞こえたかと思うと、遅れてフラメッシュ大尉が執務室の中へと入ってきた。
「うむ。フラメッシュ大尉、ご苦労であった。これまで嫌いな魔法使いに仕えるという仕打ちによく耐え抜いた。新たな軍のトップに付く私からの最初の命令だ。君が受けたまえ」
隊長殿は自信げに頷くとフラメッシュ大尉を前に出した。大尉は机の前に来て受話器に手をかけると、無表情で私をちらりと見てきた。だが、私はそのまま黙って二人を見た。
「ユリナ長官殿、いや、元長官の反逆者。信頼していた部下が裏切りを働いて言葉も出ないか」
隊長殿が腰に手を当ててにやにやと私を見下ろしている横でフラメッシュ大尉が受話器を耳に当てうんうんと頷くと、「西方司令部が墜とされました」と私の方へ振り返ってそう言った。
すると、報告を聞いた隊長殿は身体を反り返らせるほどに上げて大声で笑い出した。
「これであなたもオシマイだ。さぁ、その椅子からどきたまえ、ュリナ・ギンスブルグ。貴様には監獄の椅子が用意されている。電気椅子ではないだけ感謝したまえ。まだ貴様にはして貰わなければいけないことが山ほどある。責任という名前の大事な仕事だ。もはや逃げられないぞ。移動魔法のマジックアイテムを渡したことが運の尽きだな。魔法使い嫌いの部下を従えるのは優越感に浸る為か? 自分の方が優れていると無能な自分を満足させる為とは虚しいな」
隊長殿はいい気になり大声のまま早口でそう言った。
これは参ったな。市民を警護するはずの市中警備隊、しかも、グラントルアでのトップがこの有様では。あぁ、と思わず息が漏れてしまった。
「ちょっと良いか? その部下なんだが」と言いながら大尉の方へ顔を向けた。
フラメッシュ大尉は人差し指で回線を切り、ゆっくりと受話器を置いた。そして、私の方へ振り向きながら両眉を上げていた。
「なぁ、フラメッシュ大尉、伝令はもう少し正確にしろ。前から言ってンだろ。お前の連絡は素早いがときどき正確さに欠けるって」
「何を言っている! いつまで余裕なつもりでいる気だ!」
隊長殿は私に怒鳴り声を上げた。だが直後に
「はい」
とフラメッシュ大尉は冷静に返事をした。
隊長殿はそれに驚き肩を上げると黙り込み、素早く私とフラメッシュ大尉の顔を交互に見つめた。
「申し訳ございません。奥方さ……。あ、いえ、ュリナ・ギンスブルグ長官」




