裏切りの代価 第一話
二百三十五、二百三十六、二百三十七、……。足りない。
手の中にあった二本の金属の棒をデスクに放り投げた。肩を回すとごきごき関節が鳴った。椅子に座りっぱなしだと肩が凝る。
スピーチの始まるはずの正午はとっくに過ぎている。キューディラの受信機の音量は最大にしているし、スピーカーの音も最大にしている。魔力の流れるときに発生する普段は気にもならないノイズがただ低くチリチリと流れるだけで、赤髪の女の声は全く聞こえない。
暇を持て余していたので、デスクに金属の棒を並べて数えながら放送を待っていたのだが、かれこれ四周ほど数え直したが一本足りないし、放送も聞こえてこない。
これでは狙撃の指示が出せない。スピーチがなければ狙撃も不可能。
そうなると、色々めんどくせぇなぁ。だがまぁ、イズミに何とかさせればいい。
どうしたものか。これではあちこち休みにしてしまったのが無駄になってしまう。軍部庁舎は私と最低限の警備員を除けばもぬけの殻。フラメッシュ大尉もどっか行ったきりで戻ってくる気配もないし、話し相手がいない。
こみ上げてくる大きなあくびをついに我慢できなくなった。顔を擦りながらあくびをして、椅子の背もたれに身体を押しつけるようにして伸びた。
「「「 以 上 を 私 か ら 我 が 親 愛 な る 臣 民 へ と !!! 」」」
突然スピーカーが赤髪の女の声を割れるほどの爆音でがなり立てたのだ。
驚いて椅子ごとひっくり返ってしまった。どうやらスピーチが終わり間近のようだ。
ひっくり返ったまま腕を顔の前に持ってきて付けていたキューディラをマルタンの狙撃部隊に繋げた。
「指示が出たら撃て。スピーチが終わると同時のタイミングの予定だ」
キューディラの向こうから「アイマム」と聞こえた。
さぁ、イズミ。貴様はどう動く。うまくやれるかな。
「最後に私から宣言を致します。私、アニエス・モギレフスキーはフェルタロス家の正統なる後継者として新たなる帝政ルーアにおける皇帝として、ここに宣言しま、きゃあっ!?」
マイクが手から離れて床に落ちたのか、ごんごんとぶつかる音の後に強烈なハウリングを拾った。
何が起きた。スピーチはまだ終わっていない。まさかイズミの野郎、とち狂って早まったんじゃないだろうか。
マイクからは男と女のわめき声と銃声が一発聞こえた。まさか誰か撃たれたのか。しかし、発砲音は小銃ではなく、拳銃のものだ。
様子がおかしい。事態の把握をしなければいけない。
だが、フラメッシュ大尉がいない。この場にいるのは私一人だ。




