血潮伝う金床の星 第二十六話
すぐさま物理・魔法防御をマリークに展開し、覆いかぶさろうと飛び掛かった。近くの壁に銃弾の当たる音が聞こえ、同時に左肩を強く押されるような衝撃があった。ちょうどバランスを崩して転び始めたマリークを引き寄せて頭を抱えて、俺は壁の反対側に倒れ込んだ。何が起きたのかわからず、驚いて目を開いているマリークを抱きかかえたまま、壁の影に隠れた。
すると、すぐさま銃撃は止んだ。
「頭ぶつけてないか?」と尋ねるとマリークは小さくかくかくと頷いた。
何一つわからない状況だが、俺たち二人は何者かの襲撃を受けたのだ。襲撃者の目的はなんだ?マリークの誘拐か?殺害か?それとも何かの抗争に巻き込まれたのか?
とにかく急いで屋敷に戻らなければと思い、伏せたまま進もうとした瞬間、左肩に強烈なしびれが走った。まるでスタンガンを肩から背中にかけて広範囲に押し付けられたような、電気の走るような感覚だ。
すさまじい痛みに耐えきれず、再び壁に寄りかかってしまった。
「イズミ……イズミ……血が! 肩、血が!」
マリークが俺を見て瞳を震わせている。彼は撃たれていないはずだ。だが、はっとして自分の左肩を触ると、ねちゃりと音がして暖かい感触があった。恐る恐る触った右手を見ると、その手のひらは赤黒く光っていた。その瞬間、肩から背中、腕にかけて再び激痛が走った。
俺は撃たれたのだ。
思わず声を上げてしまいそうになったが、襲撃者に位置を悟れてしまうと思い、歯を食いしばった。しかし、力むと血が出てしまう。だが、大丈夫だ。回復魔法が俺にはある。怪我したことさえも忘れてしまうような、強力な奴だ。
俺は魔法を唱えようと杖を握った。
いや、ダメだ。
俺の回復魔法は怪我したことすら忘れてしまう。俺自身に使ったことはないが、カトウがそうだと言っていた。かつて彼と行動していた時、弓の弦が切れて矢が引き戻り腕に刺さってしまったことがあった。俺が慌てて矢を引っこ抜き、回復魔法を使うと傷は見る見る塞がった。
しかし、治療後に彼は、なぜ弦が切れているんだ?と怪訝そうな顔をして尋ねてきたことがある。俺が説明すると全く覚えていない、と言うよりは知らないというような感じだった。
この場で安易に使えば襲撃を受けたことすら忘れてしまい、のこのこと敵の射程に入ってしまうかもしれない。今度こそ頭を狙われる。
それに、石の壁に隠れるとすぐに銃弾が止んだ状況を考えると、この襲撃は明らかに俺たち二人を狙ったものだ。覆いかぶさるタイミングで左肩を撃たれたということは、狙いは俺だろうか。だとすればマリークの誘拐が目的だろう。
しかし、一発で仕留めなければいけないはずだが、近くの壁に当ててしまうほど狙いが定まっていないようなへたくそスナイパーの犯行の可能性もある。いずれにせよ選挙が何かしら形で関与しているのは間違いない。
だから、この襲撃は、この負傷は、絶対に忘れてはいけない。忘れずに、二人とも生きて戻り、シロークとユリナに確実に伝えなければいけない。
少し離れた路地からカチャカチャと金属の震える音がする。狙撃に失敗した襲撃犯が追い打ちをかけに来たようだ。彼らの敵は杖持ちだが、手負いであることを確認しているのだろう。音からするとそこまで重装備ではなさそうだ。魔法を使えば一発で蹴散らせる。
しかしここは市街地のど真ん中だ。俺の魔法はコントロールできたとしても、周りへの影響が計り知れない。間違いなく破壊が起きる。和平派候補の側近である俺がそれをしてはいけない。それにこの子の前で俺は魔法を使って殺しはしたくない。
腕の中で目に恐怖を潤ませ、震えだしたマリークを強く抱きしめて笑いかけた。
「大丈夫だ。こっち」
痛みとしびれに意識が飛んでしまいそうだ。しかし、この子を負傷させてはいけない。地面に血の軌跡を残しながら、這うように移動して建物の陰に入った。
だが、やはり体が重くなってしまい壁に寄りかかり膝をついてしまった。出血量も少ないわけではない。俺はもう魔法を使えなさそうだ。めまいでコントロールを失ったら何が起きるかわからない。移動魔法で屋敷までポータルを開けるが、それの逆探知を許すわけにはいかない。
二人とも生き残るには、マリーク自身に賭けるしかないのか。これから自分が最悪なことをしようとしているのは分かっている。だが、生き残るにはこれしかないような、そんな気がしてしまった。
俺はマリークに杖を差し出したのだ。
「マリーク、目を逸らすな。これが戦争だ。これが魔法を使える者の宿命だ。魔法に興味があるのも、力があるのも素晴らしいことだ。だがそれを身に着けた後で起きることは楽しいことだけじゃない」
言葉を聞いたマリークは動揺し始めた。視線を彷徨わせ、ぶるぶると手を震わせている。
「俺はここでは死ぬつもりはない。このくらいの傷で死ぬはずがない。そして、誰も殺さない。君が魔法をどういうものかを理解して、それでも前を進むというなら、俺の代わりに杖を持て。そして、君は屋敷に帰る。もし、それが受け入れられないなら、俺は君を守りながら屋敷へ戻る。そして君は二度と魔法には近づかない。いいな?」
俺は子どもに白と黒しかない選択を迫ったのだ。自己矛盾もいいところだ。こんな大人を、君は心底憎むべきだ。
だが、マリークは踏みとどまらなかった。震えた膝で俺の傍まで来ると、ゆっくりと手を伸ばし、杖を手にしたのだ。その瞬間、俺は少しだけ気が抜けそうになった。だがここで意識を失うわけにはいかない。俺がどうなろうとマリークを屋敷に帰すまでは絶対に。
杖を持ち震える汗ばんだ手を強く握り彼を見据えた。すると彼は引きつったように笑い返した。
「君は強いけど、まだ敵を倒せるほどではない。だが、威力は無くても隙を作り、自ら守ることはできる」
そういうと彼は深く頷いた。
しかし、これからどうしたものか。安易に路地から出られなくなってしまった。どうしようかと考える間もなく、ついに角の向こう側にまで近づいてきたようだ。俺たちの位置を把握しているのか、警戒するようにゆっくり近づく足音が聞こえる。
何か方法はないだろうか、ダメならダメでせめてマリークだけでも屋敷に帰さなければならない。恐怖に震えはぁはぁと息を荒くしながら杖を強く握るマリークの背中を抱きしめた。一歩一歩、近づいてきた三人ほどの足音がピタリと止まった。おそらく、もう角を曲がったすぐ先にいるのだろう。突入のタイミングを計っているのが伝わってくる。
相手は少なくとも三人、こちらは手負いに子ども。勝ち目はない。いっそ俺が突っ込めば、杖を持つマリークが逃げられる隙ぐらいは作れるだろうか。だが、特攻は賭けでしかない。
クソ、俺は子供を巻き込んでしまった。最悪だ。
やるしかないのか。クソ。歯を食いしばり、こぶしを握った。
しかし、特攻を仕掛けようとした、そのときだ。
建物の上から空を切るような軽い音ともに黄色い閃光が幾筋も角の先へ飛んでいったのだ。そして見えない角の向こうで人が倒れる音と銃が落ちる様な金属音がした。
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