ダムを巡る攻防戦 第三話
森の中で木の葉をすりつぶしたときの爽快な青臭さはなく、ただ鉄臭い血の臭いが残った。
両手に嵌めていた手袋を見れば返り血で真っ赤で、鼻を近づければ鼻の奥がちりちりとする。もういらない。銃ごと投げ捨てた。
全て片付けてポルッカに近づくと、利き腕である左腕に覆い被さるようになり、血塗れで私を待っていた。
ねちねちと撃ち続けていたことと銃の性能のおかげで致命傷は無かったようだ。
もぞもぞと動いており、呼びかけには声ではなく左腕を震えながら上げて答えてきた。
まだ生きているがだいぶ出血もしている。だが、止血する方法が無い。治癒魔法の込められた魔石はもう残りも少なく、持ってきていなかった。
服を破り腕や足を思い切り縛り、そこら一面に転がっているどこの銃かわからないそれを支えにポルッカを背負った。血と泥で滑る身体をきつく押さえ付けると、落ちたときに巻き込んだ葉っぱをすりつぶしたような青臭い匂いが鉄の匂いに混じった。まだ生きている者からする血の臭いと、死んだ者からする血の臭いは何かが違う。
それを大きく吸い込み覚悟を決めて走り出した。
走って戻れば間に合う。ダム近辺の陣にはまだ治癒魔法の込められた魔石が残っているはずだ。
「ポルッカ、もう少しです。辛抱してください」
「すまないな」と言う声はかすれてほとんど聞こえなかった。だが、まだ温かい背中から空気を吐き出そうとした胸の動きは伝わってきた。
「何も言わなくていいです。ですが、私の声には耳を傾け続けてください」
またしても胸の動きが短く伝わってきた。それからも話しかけ続けた。
木々を抜け、苔で滑りやすくなった石を跳びはね、あちこちで聞こえる爆発音と声の響く森をダムの広場へとひたすらに駆けた。
ポルッカの反応に声はもう無い。その代わりに伝わってきた振動も次第に弱まってきている。急がねばならない。




