マルタン芸術広場事件 最終話
だが、俺はいなくても大丈夫だ。実は航行中に俺の魔力はあまり消費していない。なぜなら、
「ウリヤ、頼んだぞ!」
「わっ、私!? 無理に決まってるわ! 魔法なんか使えないもん!」
ウリヤは裏返った声を上げた。
シートに固定されたままだが、じたばた暴れるようになりアニエスの方へ首を精一杯回して困った顔を向けた。だが、アニエスは何も言わなかった。
アニエスは俺よりも長い時間ウリヤと過ごしている。その間にマリークにも劣らない相当な素質があることなど見抜いていたのだろう。
「君には魔法の素質がある! 言ってなかったが、飛行機の魔力は俺が出してるのが全部じゃない。誰か、アニエスでもない誰かが勝手に供給してた。それは君だったんだ、ウリヤ。アニエスに触れたときにパチパチ火花が散ったって言うだろ? 俺もさっき触ったときに痺れた。それが他でもない証拠だ。君は雷鳴系が得意みたいだな。もう追っ手は来ないから速度が落ちても構わない状況だ。ラド・デル・マル空軍基地までなら君の魔力で充分持つ。頑張れ!」
おそらく、メレデントの置いていった形見の魔石が彼女の潜在的な素質を引き出したのだろう。君は一人ではない。俺もアニエスも、ここにいる人は皆君のことを思っている。
そして、――知らないかもしれないが君の父親メレデントも君に野望を託していたようだ。それがその素質だ。その才覚を世界の為に使って欲しい。君は君の父親の野望を、平和的に叶えて欲しい。
俺はそれは言わずに喉の奥に留めた。
時代が動くときには、才能が集まる。マリークも君も、これからの世界を背負う人間、いや、エルフだ。
歪まぬように、やがて夜明け前の時代を生きた者となる俺たちが、大きな力でもって大いなる潮流の黎明世代を守らなければいけない。
「この世界で初めて音速の壁を越えたのはお前ら三人だってバスコさんに伝えとけ! 歴史に名を残せるぞ! ティルナ、飛び降りたら出せるだけの最高速度でラド・デル・マル空軍基地に向かえ! 振り返るな!」
その返事を待たずに俺はアニエスの手を引いて飛び降りた。
ハッチで轟々と聞こえていた風の音は聞こえなくなり、無音の世界が広がった。
墜ちていくのは分かる。だが、地面はまだ遠く、青々とした木々はただの一色しか見えていない。
近づいてきた雲を突き抜けて、ダムの方へと俺たちは降りていった。
だが、突然突風が吹き荒れぐるぐると視界が回ってしまい天と地と遠くに去って行く飛行機を何度か見ていると、上下どころか左右もわからなくなってしまった。
しがみついていたアニエスが身体を引っ張ると天と地が別れた。だが、アニエスは焦ったような顔で何かを叫び、どこかを指さしている。
聞こうと耳を澄ませれば風の音しか入ってこず、彼女の声は全く聞こえない。だが、ふとの墜ちていく先を見ると森に向かっていることに気がついた。
だぁぁぁ!? まずいまずいまずい! ダムからずれてしまった!




