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マルタン芸術広場事件 第六十二話

「ティルナ、もっと速く高く飛べ!」


「無理です! これ以上速度上げたら機体が分解します! それにこれ以上高くなんて飛べるわけないです! 私のテクニックで避けて見せます!」


 そう言った瞬間、機体が大きく揺れて計器類の光りがチカチカと点滅した。思い切り魔法をぶつけられたようだ。幸いにも機体にも内部システムにも損傷は無いようだ。


「う゛ぉい!」「うるっさいですね! 大きいから死角も多いし、旋回が効かないんです!」


「全然大丈夫だって! これジェットなんだろ? 遅いとかえって問題が起きる!

 何なら追っかけてくるのが黒い点になるくらい、それどころか見えなくなるまで高く飛べって!

 百三十九ノットくらいはだせって! 墜ちんぞ!」


「馬鹿なこと言わないでください! そんな高高度飛んだら燃料が凍ります! バスコおじさま!? そうでしょう!?」


 バスコは、あァー、とだけ唸りそれ以外には何も答えなかった。


「んなわけない!

 こいつは何で飛んでるんだ? 魔力だぞ! 魔力供給者が死ぬか凍らなきゃ飛べるに決まってる!

 上げろ上げろ! 高度を上げろ! 最強金属のブルゼニウムの意地を見せろ!

 コイツはそんな柔じゃない! 風に乗れ! 風になれ! 雲を引け! 雲を越えろ! マッハを超えて、飛び抜けろ!」


 俺が捲し立てると、ティルナは眉を寄せて「えぇ」と自信なさげなため息交じりの声を出したが、覚悟を決めてくれたの「ああ、もう!」と声を荒げた。


「どうなっても知りませんからね!」とほとんどヤケクソになったようになると、指を折り曲げるようにレバーを握り直すと思い切り倒した。

 離陸の時に味わったような、それよりも強烈な慣性力を受けてシートに押しつけられるような感覚を味わった。

 さすがジェット機。この調子で、とティルナに言いたいところだが、俺がゴチャゴチャと何も言えないような状態にあえてなるようにしているのではないかと思うほど強烈に速度を上げた。

 受ける力は凄まじいが、何やら機体は安定しているような気がした。

 首を僅かに動かして窓の外を眺めると、俺たちを撃墜しようとしていた飛行機たちはあっという間に小さくなっていった。やがては点になった。


 しばらく見ていると、西側から隊列を組んで飛んできている飛行機がきらりと光を返すのが見えた。

 青い飛行機はユニオン空軍だ。彼らが動いてくれたようだ。

 マルタンはアニエスの言葉によりユニオンに返還された。自国の領土上空で何をしようと他国は何も言うことは出来ない。

 もはや区別の付かない点と点が、お互いにお互いの背後をとろうと空中で渦を巻き始めた。

 そうしている内に乱れた空中戦となり、黒い点は一つ、また一つと煙を上げて、マルタンの近くの平原へと墜ちていった。

 夏の平原に淡い緑の波が打っている。煙を上げた飛行機は水面に落とされた石ように平原へと落ちていき、そして、爆発していった。

 本で読んだことがある。読んだとおりに、乱れ飛び交い、そして墜ちていく黒い点は、さながら蠅のようだった。


――そのうちの一つ、ユニオン空軍に撃墜されていく飛行機たちから一機が隊列を離れ、北へと一心不乱に向かっていくのが見えた。


 一度日光をキラリと反射して、戦場からどんどんと離れていく。

 彼は戦うのを止めたのだろう。止めて逃げ出したのだろう。


 それでいいんだ。逃げて、一人でも逃げて生き延びてくれ。

 戦いに馳せる夢に脚を絡め取られずに、迷うこと無く逃げ延びてくれ。

 俺は一人でも生かそうと思って多くを犠牲にした。その一機でも生き延びてくれ。

 無責任であると分かっていても、そう願うしか無かった――。

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