マルタン芸術広場事件 第六十一話
「イズミ君、君ってヤツはァなァ。信用してくれるのはありがたいがァァ……」
上昇負荷に身体が慣れ始めると、魔力エンジンの爆音と気圧の変化で遠くなった耳にバスコさんの声が聞こえた。普段の話し方もあって聞こえづらい。
このまま逃げ切れる。しかし、そう思ったときだ。
旋回して右下に見えていた飛行場から次々と飛行機が飛び立ち始めたのだ。
「亡命政府軍の飛行機だ! ありゃ誰が操縦してるんだ!? 第一航空連隊はさっき吹っ飛ばしただろ!?」
飛行機たちは加速が速く、あっという間に追いついてきたのだ。
まるで行く手を阻むようにコクピットの目の前を戦闘機が横切った。近くに来るとはっきりと分かった。まだ塗装も怪しいが、九芒星の金床だけはしっかりと貼られていた。亡命政府軍が作り出したコピー品だ。
遙か下に飛び去り、この飛行機の背後をとろうと旋回し、回り込もうとしている。
「よけろ! ケツに付かれると厄介だ!」
だが、刹那に俺はその飛行機のコックピットに座っている者と目が合った。
男は負荷に耐えるように歯を食いしばっていたが、眼光は鋭くすぐにでも攻撃態勢に移ろうと光っていた。
攻撃の意思や突然視界に入ったことよりも、驚くことがあった。
その操縦席には第一航空連隊のものではない軍服を着た男がいたのだ。
その男の軍服は黒く、どう見ても――。
なぜあの連中が飛行機を操縦できるのか。短期間で空を飛ぶと言う感覚を当たり前にしたというのか。空中で旋回し、その負荷をコントロールできるのか。
置いてきた者たちへの後悔、理解出来ない状況、戦闘。あまりに情報が増えすぎてしまった。このままでは足が止まる。もう何も考えないようにした。
「誰なんですか!?」
「……分からない! 殺しに来てるのは確かだ! とにかく逃げろ! 撃ってくるぞ!」
すると今度は地上から炎熱系の魔法がいくつも飛んできた。しかし、それはこの飛行機を狙わず、先ほどにニアミスした亡命政府軍の飛行機の翼を撃ち抜いた。
魔力単座の様で爆発こそしなかった。だが、姿勢を保とうとしていたがダッチロールをし始めて地面へと落ちていった。俺は強く目をつぶり、真下で起きた爆発から目をそらした。瞼の裏に眩しさがあった。
地面から魔法を撃ってきた方を見ると、アニバルが魔術式対空機銃に座り亡命政府軍機を狙って撃ち続けている姿が見えた。格納庫の混乱を乗り切り、機銃を抑えられたようだ。
しかし、機銃はやはり目立つので亡命政府軍機が爆弾を落とし、それを破壊してしまった。煙が立ち上り、その機銃の姿は見えなくなった。
俺は待たしてもそれから目をそらし、そして、その事実をヘマとウリヤには伝えなかった。伝えられなかった。




