勇者(45)とその仲間 第七話
―――こんばんは、こんばんは
―――勇者のイズミさん
いつかの、あの女神に呼び出されたときに似た感覚だ。
呼び出しならいつも通りでいいはずなのになぜ再びこんな風にするのだろう。
薄明りのもとでパイプ椅子に座っている。しばられてはいない。床にタバコも落ちていない。
違う。
いつもの女神ではないとわかると意識がはっきりした。それにはっと顔を上げ前を向くと見たことのない女性がいた。
「あらあらー、この世界でもずいぶん意識をはっきりさせられるのねー、あなた」
「どちら様ですか?」
「しかも意外と冷静ね。珍しい。でもあの女と仲がいいからある程度知ってるわよねー。私はここの人事部長なんだけど、ハラスメント対策組織もやっているのよ」
「ハラスメント? ということはシバサキさんの件ですか?」
ぼんやりとした感じは完全に吹き飛んだ。追い詰められた今の状況を打破できるのではないだろうか。
そのようなことが頭を過り、期待に胸が膨らむような感覚に襲われた。
「そうよ。何かあったの? あなたじゃないところから匿名の通報があって私まで呼び出されたんだけど」
「ハラスメントはう、受けています」
気持ちだけが前に出てしまい、詰まるように言葉を吐き出した。
「具体的には?」
しかし、その女性は態度を一変させた。話を穏やかに聞いてあげるような寛容な顔を見せていたかと思ったが、突然表情を消して顎を少し上げて見下ろしてきたのだ。
「それは、えっと、その」
なぜか知らないが高圧的に聞かれると何も言えなくなってしまった。
「ないのー?」
「灰皿で、ウィスキーを、の、飲まされた」
「証拠は?」
何かを尋ねるときは、短い言葉で語尾を伸ばさないで刺しように言葉を投げてくる。まるで答えさせないかのようにしているようだ。
ない。動画を撮っていたわけでもないし、録音していたわけでもない。書面での証拠などあるはずもない。
「あら? どうしたのー? 本当にあったのー?」
何も言えなくなると、女性はまた寛容な姿勢を見せてくる。
どうすれば伝わるのか、どうすればいいのか、わからない。
下唇を噛むことしかできない。
ふと気がついた。この女性は何も無いことを前提にして話を聞くと言っているのだ。
つまり、話など最初から聞く気も無いのだ。
「何もなかったわけじゃないのねー。でもそんなこと言われるってことはあなたにも非があったんじゃないの?」
伸ばした腕の先の爪を見ながら話している。
非が無い、といえば嘘になる。毎日ただベンチウォーマーをしながら仲間たちの生死をかけた戦いの行く末を見ているだけの自分に嫌気がさしたり、申し訳ないと引け目を感じないわけがない。
「業務の適正な範囲内かどうか、過剰に人権を侵す発言があったかどうかは証拠がないから絶対に真実であるともいえないのよ。それどころかパワハラをされる立場っていう弱者の横暴を振りかざすことが相手より優位性があるってとらえられて、自分を陥れようとしたってシバサキさんが訴えればあなたが逆にパワハラをしているともなりかねないのよね。最近の世間はみんな被害者意識を持って生きているみたいだから」
意味が分からない。
「それはきっとねー。その人はあなたのことが大好きなのよー。だからもっと育ってほしいって言う期待ねー。でもお互いに不器用でコミュニケーションが足りないってやつ。もっとコミュニケーション取ればいいのよ。簡単じゃない。じゃあ今回は『相互理解の欠如』ってことで。大したことじゃないから上には報告しないでおくわねー。記録も、取らなくていっか。あなたも面倒なことになるのはイヤでしょ。うふふ、また頑張ってねー」
この人はそういうと笑顔になって手をパンっと叩いた。
いつものように意識が遠のいていく。
簡単なことではない。
ハラスメント対策組織とはどこもそうだろう。国だかどこからだか知らないが、お達しが来てとりあえず作りました、みたいな寄せ集めの、その場しのぎの、プロでもなんでもない一社員を連れてきただけの名前だけの組織だ。この人たちがすることは話を聞いて、わかったようなふりをして、該当者を集めて面談したあと、ハラスメントはコミュニケーションの不足ですと朝礼で一言言って終わりではないか。どっちかが死にでもしない限り話は動かない。面倒くさい、やりたくない、本来の業務の邪魔だぐらいにしか思っていないのだ。
つまり、泣き寝入りしかないのだ。
夢の中まで俺を追いかけてくるな。クソどもが。
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