マルタン芸術広場事件 第五十八話
コックピットからティルナが「それなら私も戦います!」と飛び出そうとした。しかし、俺はそれを止めた。
「ダメだ、ティルナ。君がいなければ飛行機が操縦できる者がいなくなってしまう」
「あんな少数じゃ、かないません! 私は対魔法にも戦い慣れています。すぐに倒して、戻ってきます!」
「では、私が残ります」とアニバルが名乗りを上げた。
「兵士の数があれでは心許ない。ほとんど小班規模じゃないか。そんな状態で守り抜けるとは思えない。私はシルベストレ家で対魔法の戦い方を徹底的に仕込まれています」
「嫌じゃ! なぜアニバルが行くのじゃ!」
「そうよ! 私たちを置いていくの!?」
ウリヤとヘマを止めたが、アニバルは機内を見回して銃を探し、壁に掛けてあった銃を持ち上げた。それを確かめるように見るとストラップを肩にかけた。
「自分だけ鳴りを潜めているのは性分ではないのです。かつて私はイスペイネで罪を犯し、我が主であるヘマ様にも多大な迷惑を掛けた。まだその償いも出来ていない。おそらくアニエスさんを逃がしたところでその全ての罪が赦されると言うことはありません。ですが、それでも逃げなければいけない人の傍に擦りつき、のうのうと逃げてしまおうというのは嫌なのです。ここで戦わなければ、私は自分をますます許せなくなる」
アニバルは俺を見て笑いかけてきた。罪滅ぼしをするとでもいいたいのだろう。
「俺はお前をとっくに許している。だが、神を含めた誰が許そうとも、最後に許すのは自分自身だ。自分自身を許すための行為を邪魔する資格は俺たちには無い。ヴァジスラフもだが、俺は誰かを殺すくらいなら、このまま黙って逃げろと言いたいところだ」
「誰かを殺すのではなく、未来を生かす為に私は残りたいのです」
前向きな言葉のようだが、誰かを殺すことになる点においては何も変わらない。
シバサキのように、何をしようとも誰よりも先んじて自分自身の行いを許すことが出来るような奴もいる。アニバルはまともな方だ。
「そうか」と俺は止めないことにした。
前を向いたわけじゃない。後ろを見ないことにしただけだ。
「必ず、生きて戻るのじゃ」とヘマがアニバルに言うと、ウリヤもその横で頷いている。
アニバルは服の裾を破ると銃の先にナイフをきつく縛りくくりつけた。ハッチを下りて飛び交う魔法と銃弾の中へ飛び込んでいくと早速交戦を始めた。
鍛えられているのか、銃の扱いも亡命政府軍兵士よりもうまい。ヘマのメンズたちの中には独立後軍に入った者も多数いる。ただの筋肉質の男を集めて楽しんでいただけではないのだろう。
アニバルは降りると、レバーを自ら上げた。するとゆっくりとハッチが閉められていった。
外の発砲音が遠くなっていった。
それはただ隔たれただけではないようだ。少なかった亡命政府軍に少しばかり勢いが付き、ヴァンダーフェルケ・オーデンを押し始めたからだ。




