マルタン芸術広場事件 第五十七話
「あなたは自覚を持つべきです。特にこのような緊急事態ではまず生き残ることを考えなさい!
いいですか? 戦争と言う化け物は大きく姿を変えました。
今やもう、騎士貴族、勇者や魔法使いが剣と魔法で戦っていた、名誉のために馬を馳せる戦乱の時代ではなく、より大規模で残虐になりつつあるただの虐殺の時代なのです。
名誉の為に少数にのみ与えられていた剣よりも強力な武器が、銃という凶悪なものが、末端の兵士の一人一人全員にまで行き渡る時代。
誰を殺したかではなく、何人殺したかでしか判断されなくなっている!
もはやそれに名誉などありません! ただの殺しの道具なのです!
名誉の無い武器によって名誉も与えられることも無く殺し殺される!
数しか見ない世界で、生き残ることがどれほど困難か。その中であっても、あなたは希望として生きなければいけないという使命を負っているのです。
あなたの死が訪れれば、それは帝政のみならず、現共和国にも少なからず、いえ、少なくは無い影響を与えます。
それがどのような規模になるか、それは私にも分かりません。
ですが、皇帝が排除されたという共和国にとって都合のいいものだけでは済まされないはずです。あなたが生きているから抑えられているものもあるのです」
言い切るとアニエスの両肩に手を置いて揺するようになった。そして、目を真っ直ぐに見つめて「よろしいですね? 彼らの為にも、あなたは必ず生き延びてください!」と念を押すように言った。
アニエスはその気迫に押されて黙り込み、大きく頷いた。
ヴァジスラフは「ならば、いきなさい。私はここに残ります。先ほどはご無礼を働きました」と背中を向けて後部ハッチへと歩き出した。
俺は先ほど一時的に痛みは退いていたが、再び歩く度に痛みは走るようになってきてしまった。だが、まだ動ける。
それを察したヴァジスラフは、アニエスと託すように俺の右肩を握るように叩いた後に背筋を伸ばし、
「ルーア、万歳! 帝国よ、幾久しく!」
と帝政の敬礼をした。
ここまでついてきてくれた残り数少ない亡命政府軍兵士たちも、それに習い戦いに馳せようと捧げ銃をした。
隊列を組んで後部ハッチを開けると「陛下を守れ!」と大声で指示を出して突撃していった。
アニエスは「私は死ぬことを許しません! 必ず生きて戻りなさい!」とその兵士たちに帝政の敬礼をして送り出した。
ハッチが開ききるよりも速く、外から一斉に魔法が飛んできた。一人が左肩を撃たれてハッチの上で倒れ込んだ。
だが、他の兵士たちは足を止めることなく、開ききっていないハッチの隙間から銃を撃ち始めた。
撃たれた兵士はまだ戦う気のようだった。俺が手を伸ばそうとしたが、立ち上がり血を流しながらも不安定に立ち上がり銃を撃ち始め、ハッチを下りていったのだ。




