マルタン芸術広場事件 第五十六話
まだ亡命政府軍が攻撃してきているのかと、窓から後方を覗くとそこにはヴァンダーフェルケ・オーデンがいて、彼らが亡命政府軍から奪った銃を持ち上げてこちらに向かって撃ってきているのだ。
あいつらは一応にも連盟政府の軍人のはずだ。なぜ銃の扱いを知っているのだ!?
知っていたとしても、何度か訓練をしなければ撃つことすら不可能なはずだ。しかし、彼らは手慣れた手つきで弾を込め、そして、膝を突き台尻を肩にしっかりと当て、こちらをしっかり狙うように――機能的に精密では無いが――手慣れた手つきで撃ってきている。
亡命政府軍の持っている見たこともない銃と聞いたこともないその銃声と言い、何かがおかしいのだ。
今はそれどころではない。とにかく逃げなければいけないのだ。
「これはブルゼニウム製だろ? 銃なんざ効かない! さっさと出すしか無い!」
「なんだなんだァ。撃たれてるのかァ? 多少撃たれたァくらいではァ壊れんが、ヒューリライネン法も応用してェ速さとそれで生じる熱やァ衝撃にはめっぽう強くしているゥ。銃弾でェ絶対にィ壊れないという補償はァ無いぞ」
「衝撃なら銃弾も同じじゃないのか?」
「衝撃の質が違うゥ。例えばだがァ、面でかかる負荷と点でかかる負荷は別物だァ」
機体に当たる弾丸の音は高く強烈だ。このままでは壊れてしまうかもしれない。視界の隅の窓越しに、翼に弾が当たると火花が散るのが見えた。
「攻撃が強いし、数も多い! 急がないと強度云々関係無しにヤバいんじゃないか!?」
次第に拾った銃も弾がすぐさま切れたのか、今度は魔法が飛んでくるようになった。
火の玉が当てられると、機体がずしりと大きく揺れ、天井から埃がはらはら落ちてきた。焦げ臭さと埃臭さに焦りが募ってしまった。
「ヤバイ! やつら魔法を使い始めたぞ! システムに影響が出たら飛べなくなるぞ!」
ずんずんと後ろから魔法を撃たれて、振動の余韻で積まれている砲弾か何かが擦れ合いカチカチと音を立てている。
「ティルナ、速く飛ばせ! 機体が壊れたら一巻の終わりだ!」
コックピットから「今やってます!」と機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。だが、顔の前で両手を開いて揺らして「基本に忠実に、基本に忠実に。私はユニオン空軍のエースパイロットなのよ」とぶつぶつ早口で言っている。どうやら発進はまだまだのようだ。
その様子を見ていたヴァジスラフが目をつぶり鼻から息を吸い込んで肩を落としてそれを吐き出した。
先ほど奪って壁に立てかけてあった銃を取り上げると、ボルトを回して排莢した。ストラップを肩に掛け銃を胸の前で横に持ち、薬莢が鉄の床に落ちて跳ねる音に合わせて、ストラップを締めた。
アニエスの方へゆっくりと近づき「この事態を誰かが収拾しなければいけません。陛下はお逃げください。部隊は私が残って食い止めましょう」と言った。
そして、顎を引き眉間に皺を寄せると「殿の命を」と厳めしくなった。
アニエスは目も合わせずに「それはあまりにも無責任です。そういうことをするのであるならば私も残ります」と即答した。
だが、ヴァジスラフは「いえ」と引き下がらなかった。
視線を合わせようともしないアニエスの肩に手を置き、無理矢理彼の方へ顔を向けさせると「陛下はお逃げください。生きてさえいれば、必ずやよい結果を得られます」とさらに凄んだ。
アニエスは驚いたようになったがすぐに表情を曇らせ「ダメです。皇帝の命令です」とにらみ返した。
だが、ヴァジスラフは突然「いい加減にしなさい!」と言うとアニエスに平手打ちをしたのだ。




