マルタン芸術広場事件 第五十五話
「この声、まさかバスコおじさま!?」
「その声はァァ、ティルナかァァ? それを起こしたヤツがァよかったなァ、君でェ」
「そうです! おじさま、私です。ティルナ・カルデロンです! この飛行機、プロペラが無いのに飛ばせるってイズミさんがワケの分からないこと言って」
バスコは「ンン」と喉を鳴らすと「そうだァ。彼の言うとおりに飛ばせるぞォォ。よく分かったなァァ。魔力をとんでもなく消費するがなァ。ところでェ、そこにィイズミ君はァ、いるか?」
呼ばれたような気がして「います」と答えた。するとバスコさんは突然呼吸が止まったかのように不気味に黙った。そして、イ、イ、イヒイと引きつったような声を上げた。
「イィヒヒーィッ! いいぞいいぞォ、いいッぞォ! それはァッ飛ばせるぞォ!」
「ですが、イズミさんは今負傷して使い物にならないです!」
「知るかァァ!」とバスコさんは音が割るほどに怒鳴り声を上げた。
「今がまさに実証実験なんだぞ! ゴチャゴチャ言ってないで私の言うとおりにしろォ! まず起動する為にィイズミ君の杖を後部のスロットに入れろォ! 早くゥッ! 今だァッ! 今すぐだァッ!」
バスコさんはいつもの気怠い話し方から一変して、目の前にいたら前屈みで目を血走らせ口角泡まみれにされそうなほど強い口調でそう怒鳴ったのだ。
この人は逃げるとか、皇帝を助けるとかその辺りのことはまるで考えていないようだ。俺が死んでも良いのか。
だが、確かに今は彼の言うとおりにしなければ逃げ切れない。
俺は後部へ向かい、パイプのようなものがあるのを見つけた。内部には形の整った空の魔石が規則正しく金属にはめ込まれている。
そこへ杖を差し込み「バスコさん、入れました!」と声を上げた。
「いいぞいいぞォ、イッヒ。色は何色だ?」
内部を覗き込むと周りに付いていた魔石は黄色く光っていた。
「黄色いです」
「なるほどォ、雷鳴系の魔力供給かァァ。その子は優秀だァ。主要魔力供給者の魔力適性を自動で判断して、それにシステム側が合わせるゥゥ。雷鳴系なら黄色ォ、氷雪系なら青ォ、炎熱系なら赤ィ。あとは乗っている者の魔力を勝手に吸収するゥ。杖の役目もォそれだけだァ。引っこ抜いて握りしめててもいいぞォ。座ってればいいィ。意識が無くても生きていれば勝手に使うゥ。使いすぎて死ぬかもなァ。アッヒャハハァッ」
「……雷鳴系?」
俺は炎熱系の素質が強い。それならば赤色っぽいものになるはずだが。
アニエスの方を見た。彼女も何か違和感を覚えているのか、小首をかしげている。
それもそのはず、アニエスは氷雪系だ。
「雷鳴系だァ。どうかしたかァ? 動かせればどうでもいいィだろうゥゥ。どうせ操縦はティルナだろうゥ。イヒーッ。ティルナ、コックピットの」
だが、そのときだ。機体に何かがぶつかる音が聞こえて大きく揺れたのだ。
ついに後方部隊が格納庫に辿り着いてしまい、こちらに向かって撃ち始めたようだ。
今こちらに向かって飛んできたのは明らかに硬いものだ。おそらく銃弾だ。




