マルタン芸術広場事件 第五十四話
「何を言ってるんですか? プロペラも無いのにどうやって」
「これはジェット機だ。ユニオンお得意の星形エンジンのプロペラ機じゃない。羽の付け根を見ろ」
俺は羽の付け根の指さした。そこには左右対象に筒が付いている。仕組みは知らないがあれは間違いなくジェットエンジンだ。
「あれで風を起こすんだ。いや、違う。風になるんだ!」
「意味が分かりません!」
「とにかく乗れって! 急げ!」
困惑しているティルナを差し置いて、俺は後部ハッチのレバーを手探りで探した。共和国と大体同じだと思い、エノクミア語で「開/閉」と書かれている埋没されたレバーを引くと油圧の解放音がして後部ハッチがゆっくりと開いた。
アニエスとウリヤとヘマ、アニバル、その場にいた亡命政府軍兵士たちを次々と乗せた。
その様子にティルナもああもうと困惑しながらも最後に乗り込んだので、後部ハッチを閉めた。
「と言うわけで、ティルナ! 操縦できるのは君だからよろしく!」
「何ですか!? その無責任な言い草は!」と丸投げした俺に悪態をついた。しかし、覚悟を決めたようにコックピットに向かった。
「どこでエンジン回すんですか!? どこも何にも分からない!」
「知らん!」
「なんて無責任なんですか!」
ティルナと俺が言い合いをしている横で、ウリヤが物珍しそうに機内を見回している。
しかし、それにしてもこの子はなんて強い子なんだ。大人が全員焦りまくって無様な狼狽ぶりを見せている中で何故これほどまでに余裕を持っていられるのだ。
さすがメレデントの娘なだけある。肝が据わっている。
コックピットの壁際で止まると「なにこれ」と言うと、ゆっくり点滅していたスイッチを躊躇無く押した。
それが起動スイッチだったようで、大きな蜂が羽ばたくような音がすると、上下左右前後の機器が一斉に光り出したのだ。
そして、付けられていたキューディラから音声が漏れ出した
「あァァ、諸君ン。誰かねェェ。この機体のスイッチを押したのはァァ」と気怠い聞き覚えのある声が聞こえたのだ。




