マルタン芸術広場事件 第四十九話
「そうだ。あの共和国だぞ。そんくらいするだろ。皇帝は共和国の旧体制の亡霊だぞ? 事前に知らなかったのか?」
「亡命政府に諜報部は無い。そのようなものを作り出す金は無かったし、兵士の練度も低い。一般兵の訓練で手一杯で精鋭組織もあっても貧弱。腹立たしいな。共和制のブタめが。ということは、バルコニーで撃ったのは共和国か?」
「今廊下の先で蠢いている連中の仕業かもしれないが、真相は分からない。共和国は殺す気満々だった。だが、長官どもは俺を長議室に呼び出してまでその計画の子細を全部伝えてきた。決行に日時どころか、狙撃者のいる場所とそいつらが引き金を握るタイミングまでな。そのあと俺は……、ああ、グラントルアのど真ん中のオペラ座でちょっとした、いやまぁそれなりの事件を起こした。その上で俺を捕まえる素振りすら見せずに逃がした。直接殺すなとまでは言わなかったが、それはもう殺すなっていうことだろ。表向きは殺せつって本当は殺すなって言うんだ。理由は色々だろ。あんたに今話してる暇は無い。そっちはそっちで事情が複雑すぎるんだよ」
「ややこしいのはもう勘弁だ。だが、兎にも角にも陛下が生き延びれば希望が全て残ったようなものと同等だ。だが許せんな」
「話を戻すぞ。クロエも連盟政府のスパイだ。どういう肩書きで自己紹介したか知らないが、聖なる虹の橋とかいう諜報部の所属だ。俺はクロエに皇帝を殺そうとしているヤツがいるって言って協力させた。あいつの手引きで俺はマルタンに入った。それから、殺そうとしてるヤツは共和国だけかと思っていたが、そこにいるヴァンダーフェルケ・オーデンも殺すつもりで来ていた様子があった。
市庁舎の裏手で遭遇したときに戦いになって、その途中で俺は皇帝を助けろと言われてクロエに弾き飛ばされた。こいつらは連盟政府側だが皇帝殺害を目論んでる。動機は分からない。ただ、分かってるのは、こいつらに指示を出している野郎は中途半端なクソ野郎ってことだな」
「ますます分からなくしているな」
「アイツらはただぶっ殺すのが役目みたいなモンだ。これからどうする?」
「突っ切るしか無かろう。道は一本、相手は軍勢。対するこちらも集団だが、母数が少ない上に戦闘可能要員が少ない。だが、多勢に無勢ではない。敵の攻撃可能な兵は横一列のみ。最初は奇襲的に攻撃をかければ大半を蹴散らせるはずだ。
残りはどれほど多くとも、面での攻撃を継続すれば道は切り開ける。問題があるとすれば、後方の先ほどの航空連隊だな。捲くことはできたが追いかけてくるだろう。だが、急いでは失敗する。まずは慎重に、そのヴァンダーフェルケ・オーデンの様子を……」
「きゃぁあああ!!! ドブネズ……んが! ふんが!」
突然とんでもない悲鳴が背中から襲いかり、俺もヴァジスラフも飛び上がってしまった。
耳の奥がいんいんとしたあと、まるで衝撃波が通り過ぎていくように、暗い廊下に詰め込まれた空気が思い切り震えた。




