マルタン芸術広場事件 第四十八話
「さて、これのどこが安全なのかしら?」
ティルナが角越しに地下廊下を覗きながら「さっきのよりタチが悪そうなのがたくさんいるわよ?」と不機嫌になった。
俺もティルナの下から角の先を覗き込んだ。
奥の方で何かを探すように懐中電灯のような照明が揺れている。時折当たるその光りが闇の中に黒い服の男たちを浮かべている。ヴァンダーフェルケの統一されたあの黒い服だ。
光りがこちらへ向かって来たので、ティルナと共に顔を引っ込めた。
どうやら格納庫までの隠し通路はすでにヴァンダーフェルケ・オーデンの連中に完全に制圧されてしまっているようだ。
しかし、雰囲気の悪い通路だ。換気がほとんどされておらず空気もどんみりと淀んでいる。おまけに、真ん中にはドブ川が流れている。湿って黴びたヘドロの臭いも凄まじくほとんど下水のようだ。
そこにさらに多くの人間がいるのだ。無駄な熱気でむあむあとしていて、汗で纏わり付く襟が不愉快なほどだ。
彼らも彼らだ。命令されればこのようなところにまで大挙をなして押し寄せなければいけないのか。痛み入る。
「あれは一体どこの部隊なんだ?」
「おっさん、知らないのか。俺は何回か会ったことがあるから知ってるが、鶻鸇騎士団とか言う部隊だ。連盟政府のな」
ヴァジスラフは片眉を上げ首をかしげると「連盟政府が何しに来ている? 顧問団とクロエだけではないのか?」と混乱したように尋ねてきた。
「我らが陛下を殺しに来てるんだよ」
「なぜ?」とヴァジスラフは顔に皺を寄せて繰り返した。
「連盟政府は亡命政府を支援していたではないか。強欲な人間側の顧問官の裏切りに次ぐ裏切りでそれも頓挫していたが、それでも連盟政府には従順なふりをしていたぞ? それなのになぜ、亡命政府の根幹をへし折るようなことを?」
「知らねぇよ。お前、クロエって知ってるか? アニエスを皇帝擁立する話が出る前あたりからここに出入りしてただろ?」
「……クロエ、ああ、あの黒髪眼鏡女か。頻繁に顔を出していた連盟政府の使者だったな。最後は追放されたが。帝政ルーアをマルタンごと併合しようとしてる連盟政府の連中と違って、珍しく独立国家路線寄りの考え方だったな。それでも顧問団と仲が良いとも思えなかった。このところ、追放されても街中を彷徨いていたが、最近は街でさえも姿を見ていない。どこ行ったのか。逃げたのか?」
「あいつは連盟政府の諜報部で、皇帝は殺されては困る方ではあるって言ってた。だが、こいつらは皇帝を殺しに来ている。連盟政府の中でも意見が別れてるんだよ。たぶんな。こいつらは殺しに来てるヤツらの一つだ」
「帝政思想と帝政思想王政派、ネルアニサム、連盟政府併合派、独立路線派……。一体どれほどの勢力がこの亡命政府をカモにしようとしていたのか。ややこしくて分からなくなってきたぞ」
ヴァジスラフは額を押さえた。だが、何かに気がついて首をこちらに向けて「待て。ヤツ『ら』ということは他も来ていたのか?」と尋ねてきた。




