マルタン芸術広場事件 第四十話
「そういえばなんでヘマやアニバルまで攫われたんだ?」
ヴァジスラフ氏に尋ねると、ウリヤが代わりに答えた。
「ヘマのおばさまが私を庇ったの。亡命政府軍の人間が私を攫いに来たとき、私はおばさまの病室にいたの。怪我で動けないのに、私一人で行かせるわけには行かないって無理を言って一緒に連れ去られた。私が自発的に来ればそれを許してくれるって言ってきた。あのままおばさまを連れて行かなかったら、きっと殺していたわ。そんなことさせたくない。私はおばさまのおかげで生きているのに」
カスト・マゼルソンの葬儀で遠巻きに一度見たことがある程度の面識だったはずだが、妙に慣れたような話し方をしてきた。少々驚いてしまい、思わず「随分俺に慣れてるな」と流れを読まずに尋ねてしまった。
「そりゃそうよ。アニエス、毎日毎日飽きもせずあんたの話ばっかりしてたもの。私がのろけ話に飽きること考えなさいよって。メイドにも今度作って上げたいーとか言って料理のレシピとか聞いてたし。なんか、もう初対面じゃないみたいな感じ。でも、どんなしっかりしたイケメンが出てくるのかと思ったけど」
ウリヤは肩を上げて口をへの字に曲げながらそう言った。「悪かったな」とぼやいてしまった。当のアニエスは気まずいようだ。視線を泳がせて咳き込んだ。
「ヘマさん自身の口からそれを引き出すという目的もあったはずです。まだ発言権が無いウリヤちゃんは自分から進んで向かったということにして、自分たちが一方的に誘拐したわけでは無いと言えますからね」
その中でアニエスは言わなかったが、顧問団たちはおそらく何か起きたときにウリヤにも罪を押しつけようともしていたのだろう。そして、自分自身にも降りかかることも分かっていたからアニエスは皇帝となることに従ったのだろう。
「たぶん、ヘマ・シルベストレの良心につけ込んだのでしょう。ユニオンの国政に関わる者、ないしそれに非常に近い存在を誰か一人誘拐する予定はあったのでしょう。そうでなければ、ユニオンとの交渉材料や盾が無いままでマルタンを一方的に占拠したことになるので、最悪の場合ユニオンによって力尽くの奪還をされていた可能性もあります。それが起こらなかったのはヘマさんの存在のおかげでしょうね」
「おばさまは、私には何の権限も無い、ってずっと悔しそうに言ってたわ」
ウリヤは真っ直ぐ前を向いている。迷い無くヘマとアニバルの部屋へと向かっているようだ。




