マルタン芸術広場事件 第三十九話
ヘマとアニバルのいる部屋へと向かう廊下に敵はおらず、亡命政府軍の兵士がところどころにいた。ほんの僅かだが、ここは状況が落ち着いているようだ。
俺も傷が落ち着いてきたので男に話しかけた。
「この金髪の子は……。ウリヤちゃんだな? あんたは誰だ?」
見れば見るほどにメレデント元民書官殿の面影がある。金融省長官選挙のときはよくも撃ってくれたな、と言いたいところだが、撃つように命令したのはこの子の父親であるメレデント元政省長官であり、この子には全く関係の無い話だ。
「ヴァジスラフ・タンコスチだ。帝政思想だ」
こいつがユニオン独立式典襲撃事件の犯人の一人か。こっちにはこっちで言いたいことがある。だが、今はそれどころではない。後でクソほどカルデロン家の恨み節を聞かせてやる。
「なるほど、じゃ皇帝を助ける側のヤツだな。アニエスは分かる。だが、何で俺を助けた?」
「それは非常に複雑だ。陛下、よろしいですか?」
ヴァジスラフ氏は何かの許可を取るようにアニエスに尋ねた。アニエスは氏に向かって頷いた。
「亡命政府は帝政ルーアでありながらもそれはもう違う国家だ。連盟政府から遣わされていた人間たちにエルフの幹部は殺害されている」
「そのまま連盟政府に属するつもりだったのか?」
「いいや、違う。元はそう言う目的で遣われていたようだが、顧問団の人間どもは自分たちの権利に目が眩んだようだ。アニエス陛下という正統な末裔の出現により考えを変えたのだ。連盟政府には属さず、そこを裏切り新たな国家として支配しようとしていた。そんなもの、もはや帝政ルーアでもない。陛下を前看板にしただけ別の国家だ」
「皇帝がいるならそれは帝政ルーアじゃないのか?」
「度々複雑で済まないが、あいつらは帝政思想から分岐した王政派だ。権利しか見ていない」
ネルアニサムとも違う王政派のようだ。尋ねるとますますややこしくしてしまう。下手な迷いは行動に支障を来す。逃げ延びて落ち着いたら嫌というほど問い詰めてやる。
「あんたの帝政思想とは違うってことか。だから、チェルベニメク騎士団の名簿にあんたがいなかったんだな」
「そうだ。皇帝への侮辱も甚だしい」
ヴァジスラフ氏は口を歪めて白い歯をちらつかせた。この男はメレデントのように敬虔な帝政思想のようだ。
「悪いがアンタと俺は思想が違う。俺はネルアニサムだ」
「聞いたことがあるな。帝政思想よりも古い以外に、正統な思想を名乗る王政派め」
ヴァジスラフは鼻筋を歪めたが、話を続けた。
「だが、それは根底にある物は皇帝への崇拝を元にしている。帝政か王政か、その点で違うが、今ここですべきことは何も変わらない。どちらが正しいかの話合いは生き残ったあとでじっくりするとしよう」
「手負いに向かってよく言うぜ。でも話が分かるオッサンでよかったぜ」
「ヘマとアニバルは同じ部屋にいます。遠回りになりますが、敵は今のところいません。急ぎましょう、陛下」




