マルタン芸術広場事件 第三十四話
その瞬間、耳の真横を木の棒のような物がかすめ、空気を切る音が鼓膜を揺らした。
木の棒はキューディラジオのサーバーを思い切り叩いた。だが、さすがは頑丈に作った物だ。その程度ではびくともしなかった。それどころか、振りかざしていた木の棒が折れたのだ。
だが運良くそれで最後の一文字を入力してくれたようだ。起動中の文字が浮かび上がった。
振り向いたそこには亡命政府軍の軍服の男が立っていた。軍服は他の兵士とは異なり、装飾が多くついていた。おそらく軍部の上層部だ。
「私の権利獲得の邪魔をするやつは許さん!」と言うと、今度は拳を振りかざしてきたのだ。
俺は杖を取ろうとしてサーバーの機械にはまっていた杖を握り引っ張った。
しかし、それは抜けることはなかった。サーバーが起動状態になると、完全に起動しオンラインになるまで杖は外せないのだ。
――しまった。と思うまもなく、拳が頬に食い込み天井が二、三度回転して見えた。
受け身はとれたが床に強く打ち付けられてしまい目眩がすると、その視界の中に先ほどの軍服の男が近づいてくるのが見えた。
「杖が無ければ魔法使いなどただの人だ! 腕力も無ければ人以下だな! 私は魔法使いが大嫌いだ!
殴ってしまえば同じクセに、ギヴァルシュ政治顧問みたいな偉そうに物を言うヤツばかりだからな! わははは!」
豪快な笑い声がしたので立ち上がろうとすると右上腕を踏みつけられた。
このおっさんも魔法が使えないのか。人間世界で魔法は出世には必要不可欠と言っても過言ではない。
立場が上に行くほど、魔法使いが出世の障害になる為に魔法使い嫌いな人種が増えるのだろう。
「逃げたいか? 逃げたいか? 逃がさないぞ! 逃がすわけなどない、雑魚め!
邪魔などさせてなるものか! 今こそは、私に与えられた頂点に立つ千載一遇のチャンス!
魔法の無いエルフどもの国なら、私は頂点に立つ実力がある! 邪魔するヤツは排除する!
あの赤髪の女が皇帝だと宣言すれば、私が軍を掌握することになる。そうなればもはや私の国だ! わははは!」
そう言うと勝ち誇ったように顎を高く上げて笑い、さらに踏みにじり始めた。
押しつぶされるような痛みはやがて刺すような痛みに代わり、指先まで痺れ始めてきた。踏みつけられるのが義手で完全に機械の左腕ならまだマシだったかもしれない。
こいつは自分のしていることを分かっていない。ここで俺を止めれば、アニエスが皇帝であると言う宣言が世界に届かなくなる。それがどういう結果をもたらすか。
自分で自分の足を引っ張っていることに気がついていないのだ。
それならば、このまま無音放送をして、適当にあしらってアニエスを連れ出せば良い、とはいかないのだ。それでは亡命政府軍など様々な所に影響が出るのだ。
俺はコイツをぶっ飛ばして、何としてもラジオを起動しなければいけないのだ!




