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血潮伝う金床の星 第二十一話

 いつもの会議室に呼び出されたのでそこへ向かうと、カスト、ユリナ、シロークがすでにいた。外はすっかり暗くなっていて、窓に映る首都グラントルアの明かりがじわじわと滲んで見える。どうやら雨脚はだいぶ強まっているようだ。


「カスト、内密な話とはなんだ?」


 シロークは腕を組んで、置きっぱなしにしてあった長いテーブルに寄りかかっている。

 俺はなぜ呼ばれたのかわからず、「居ていいのか?」と壁際のユリナに小さく耳打ちした。俺の戸惑いにカストは勘づいたようで


「イズミくんだね。自分がここにいていいのか疑問のようだが、ぜひいてほしい。君は選挙の話が出てきた辺りで突如現れた。きっと陣営の選対(選挙対策員)の一人なのだろう。それもシロークとユリナが息子を任せられるほどの。そうならばこれから話すことは君も知っておいてほしい。何かの役に立つはずだ。思うところがあったら、ああ、ユリナさん、彼に発言の許可を与えてもらえないか?」


と言った。

 すると壁に寄りかかっていたユリナは、おっ? ああ、と忘れていたのか、思い出したように俺に発言許可をした。ユリナと俺が頷くのを見たカストは大きく息を吸い込み、話を始めた。


「まず謝っておこう。この話をすれば君が、君たちが嫌がるのは明白だ。だが、非常に重要なことなのだ。選挙だけでなく今後の金床四星(アンヴィルフォースターズ)を揺るがすかもしれない」


 聞くや否や、シロークはきっと眉を寄せて険しい顔になった。


九芒星の金床(ノナ・アンヴィル)が絡む話か?」


 そして、窓辺に向かうと会議室のカーテンを閉めはじめた。

 俺はノナ・アンヴィルが何かわからず、隣にいたユリナに尋ねた。すると、小さな声で、帝政の生き残りだ、とだけ説明された。つまり、帝政思想の残党が何かしているということだ。


 全てのカーテンが閉じられるのを確認すると、彼はさらに言葉をつづけた。


「できればここで話したことはまだ口外しないでほしい。遅かれ早かれ明るみには出すつもりだ。だが、まだ時期ではない」


 そして、大きく息を吸い込み、わずかな躊躇を見せながら口を開いた。


「この件はマリアムネの死から始まる」


 すると二人は一斉に脱力した。シロークはため息を漏らし、ユリナは舌打ちをした。またしても彼女の名前が出てきたことに二人は完全にうんざりしてしまったようだ。


「……またその話か。君はいつまで固執するんだ。大げさに言い過ぎだぞ」


 しかし、カストは二人とは対照的に真剣なままだった。


「すまない。だが、聞いてくれ。彼女はあの若さで亡くなった。だがその若さが」

「カスト、勘弁してくれ。君は友人だ。何年かに一度どうして君はこの話をしたがるんだ?」


 シロークは下を向き、右手を挙げて制止した。それでも彼は止まらなかった。


「それは僕たちが忘れてはいけないことだからだ」

「当たり前のことだ。だが、私には愛すべき妻がいる。ユリナだ」

「それは分かっている。だがマリアムネの名誉と、そこにいるマリ―クくんの未来のために」

「マリークは関係ない!」


 息子の名前が出るや否や、シロークは声を荒げた。

 ついに冷静さを失ってしまったのかカストに足早に近づいた。そして、


「なぜ私とマリアムネの関係に踏み込もうとするんだ!いい加減にしてくれ!思い出す私の気持ちになってくれ!」


 とわずかに震えた声で怒鳴った。しかし、カストはすかさず言い返した。


「違う! 待ってくれ! シローク! 彼女の死は! 伝えなければいけないことがあるんだ!」


 態度に嫌気がさしたのか、シロークは顔を両手で擦り、近くの椅子にへたり込んだ。


「マリアムネの死について何度も掘り返す君は私を恨んでいるのではないか?私と君は彼女に恋をした。君たちは幼馴染で、長い時間を共に過ごしていた。だが、彼女は私を選んだ。こんな頼りのない私をだ。彼女を守れなかったこの私をだ! 君はそのことについてまだ引きずっているのか?」


 そして、椅子の背もたれに腕を載せて、疲れ切った顔をした。

 カストは両手を前に出し、絞り出すように言った。


「……違っ……、くっ……。シローク、君には、伝えなければ、いけないことが……!」

「君は、違うと言っている。だが、しかし、カスト」


 シロークは立ち上がりカストの前に歩み寄ると、肩に手を載せた。そして、ゆっくりと目を閉じた。二人の足元の床に水滴が落ちた。


「君はどうして、どうして泣いているのだ?」


 カストは自分の瞳から涙が流れていたことに気が付いていなかったようだ。頬を伝う温かい何かに気付き、それを人差し指で掬うと驚いたような表情になった。そして足を引きずる様に後ずさりをしながらシロークの手から逃れた。そして、背後のテーブルにぶつかり、そこへ力なく寄りかかった。


 会議室は静まり返った。カーテンの隙間から見える窓ガラスに一筋の雨水が流れた。

 真冬のような寒い夜に降る雨がもたらした、冷たい空気が流れる。


 脱力してしまった情けない友人の姿を見ていられなくなったシロークは、窓の方へ体を向けると


「……すまない。今日はもう帰ってくれ。イズミ君、彼を車で送ってもらえるか?」


と指示を出した。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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