マルタン芸術広場事件 第二十話
だいぶ弾かれた。クロエの野郎、いくら焦っていたからとはいえやり過ぎだ。
市庁舎中庭の外壁を何枚か貫き、仕舞いには窓を壊して突っ込んだ。
逆さまになり壁に叩きつけられてやっと勢いが止まった。頭から地面に落ちてへたり込み、手を握り足を動かし五体に問題が無いか確かめた。
背中に衝撃波は受けたが、身体への強化魔法が残っていたのでダメージは無いようだ。
立ち上がり、割れたガラス越しに外を覗くと既にヴァンダーフェルケオーデンの連中が追いかけて来ているのが見えた。ここは一端に逃げて、アニエスを助けなければいけない。
左右を見ると両方に長く廊下が続いている。
市庁舎は街のどこからでも見えていたが、なかなか近づくことが出来なかった。やはり元マルタン領主の家だけあってとても広いようだ。
右に行くか左に行くか、左の方が選びやすいとか何とか、なんとかの法則がどうとか、そういうのは関係ない。
俺は腰に付けていたサモセクを持ち上げた。
サモセクを投げて飛んでいった方にアニエスがいる。しかし、これまで障害物越しや超遠距離でしか投げたことがない。
もしかしたら、比較的距離が近くなったここで投げても、最短距離である直線を指し示し、壁の方へ向かえと指し示すかもしれない。
出来れば壁を壊して突っ込むようなことはしたくない。アニエスにはスピーチを読み上げて貰った直後に助かって貰わなければいけないのだ。
俺が暴れたことでスピーチが延期や中止になっては困りものだ。(今さらではあるが)。
だが、迷ってはいられない。右手の人差し指を突き出し、そこへサモセクの重心を乗せた。
金属が玉虫色に光を照り返し、空を切るような高い音がすると、サモセクはゆっくりと方位磁針のように回り出し、その切っ先を真っ直ぐ右方向に向けたのだ。
仕組みは知らないが、ある程度近づけば障害物を避けて最短距離を教えてくれるようだ。
窓から炎熱系の魔法を二、三発ほど追跡者の方へ放り投げて煙幕を作り出したあとに窓ガラスを直して出来る限り元に戻し、右に向かって走り出した。




