マルタンの一番長い日 第七話
私たち三人はそれから比較的安全な建物の内側へと案内され、そこで正午を待つことになった。
市街地では断続的に戦いが起きているのか、爆発音が聞こえてくる。
最初は遠かったが、次第に近づいてきているようで、くぐもっていた音がハッキリと聞こえるようになってきたのだ。
振動も伝わり、時折建物が揺れて天井から埃が落ちてくるほどになっていた。
不安を覚えていると、ギヴァルシュ政治顧問とルクヴルール軍事顧問、それからヴァジスラフ氏が部屋に入ってきた。
「広場の安全が確保されたとのことなので、スピーチは予定通り行うことになりました」
しかし、爆音はまだ収まっていない。彼女がそう言う合間にも爆発音は続き、足下がおぼつかなくなるほどに建物も揺れた。
これのどこに安全が確保されたなどと言えるのだろうか。
この人たちは私を守るのではなく、盾として利用しようとしているのだ。皇帝が矢面に立てば兵士たちの士気が上がるなどと体の言葉を並べて、自分たちに襲いかかる攻撃から回避しようとしているのだ。
「オバさん、アンタ頭おかしいの!? これのどこが安全なのよ!」
私は盾にされるのは構わないと思っていた。おそらく亡命政府軍と戦っているのはイズミさんだ。私が出れば攻撃が止むことは間違いないのだ。
だが、ウリヤちゃんが言い返してしまった。
「ウリヤちゃん、あなたはまだ自分の身を守れるような年齢ではありません。大人しくしたがっていただきたいわ」
「こんな攻撃の中でアニエスがスピーチなんかしたら、危ないって事ぐらい誰でも分かるわ。馬鹿げてる」
ギヴァルシュ政治顧問はため息を溢すと「ヴァジスラフ、やりなさい」と右手で指を鳴らした。すると、ヴァジスラフ氏がウリヤちゃんに近づくと、首を腕で押さえこめかみに拳銃を突きつけたのだ。
突然のことに何も言うことが出来ず固まってしまった。ウリヤちゃんは状況を理解出来ずに目を丸くしている。
「アニエス陛下、指示には従っていただきますけどよろしいですね?」
「構いません。ですが、その子を放してください」
「お断りしますわ。あなたには私たちの思う通りにきっちり動いていただかないといけないのです。
あなたは替えの利かない皇帝。あなたに怪我をされては困ります。でも、あなたは私たちの指示に従って貰わなければいけません。そうなると代理となるのはいくらでも替えが利く執政官」
ギヴァルシュ政治顧問の言葉の意味を理解したのか、ウリヤちゃんは瞳を震えさせ始めた。
動けば撃たれてしまうのではないかという恐怖を堪え、震えるのを押さえる分、より強く瞳に感情がのっている。
私も容易に動くことが出来なくなってしまった。
「何が目的ですか? 何をすればその子が傷つかずに済むのですか?」
すぐに撃たないのは要求があるからだ。ギヴァルシュ政治顧問に動けないなりにそう尋ねると、二度ほど頷いた。
「賢明な判断です。あなたは優しいお方。スピーチは予定通り行います。原稿はこちらで用意させていただきました」
「私は自分の原稿は頭の中に入っています。必要ありません」
ギヴァルシュ政治顧問は「いいえ」と笑いながら目をつぶると下を向き首を左右に振った。




