マルタンの一番長い日 第四話
「なによ、アンタ! 来るんなら、アンタが伝えに来なさいよ!」
ウリヤちゃんがヴァジスラフ氏に怒鳴ったが、彼は大きな反応を見せなかった。
だが、氏の視線は背後を気にするように一瞬動いたような気がした。
「アニエス陛下、市街地で戦闘が発生しております。この市庁舎にも危険が及ぶ可能性が出てきました」
ヴァジスラフ氏はこれまでとはうってかわって物腰低く丁寧になっていた。おそらく今日で私が皇帝になるからだろう。
「知っています。ですが、予定の変更は伺っておりません。それにあなたは私に会わないという約束ではありませんでしたか?」
「生憎今は緊急事態。あなたのお命あっての帝政ルーア。ご容赦ください。
万が一、時刻に予定通りスピーチが出来なかった事態が発生した場合に備えてこれからスピーチを予め録音することになりました。
一度は会議で却下になりましたが、ご容赦ください」
スピーチが出来ないという事態は避けたい。私はスピーチのあとに加えて全世界に向けてあることを伝えなければいけないことがあるからだ。
そのたった一言は、幹部の中では信用のおけるヴァジスラフ氏であって、そしてウリヤちゃんであってもそれを今伝えることは出来ない内容なのだ。
「出来れば避けたいですね。全世界へ向けたメッセージは生きた物ではなければいけません。収録ではそのインパクトが弱まります」
「それは重々承知しております。ですが、事態が事態です。あなたの身の安全を考えると、広場にお姿を現すのは危険かと。四人の顧問たちには既に了解を取っております」
つまり、有無を言わさずと言うことか。ここで抵抗すれば怪しまれる。
「分かりました。仕方がありませんね」
私は了承し、収録する場所へと向かった。




