マルタンの一番長い日 第三話
「スピーチまではあと何時間ですか?」とマフレナに尋ねると「式が始まるまでは三時間、アニエス陛下のスピーチまでは四時間となっております」とすぐに返ってきた。
だいぶ早い。私はここで必ずスピーチをして、そして皇帝として宣言をしなければいけない。
「ここは危ないわ。窓が割れてしまうかもしれない。あなた達三人も私と一緒に待避しましょう」
待避しようとドアに近づくと、「アニエスー」と呼ぶ声と共にドアがノックもなく思い切り開かれた。この乱暴な開け方はウリヤちゃんだ。
「ウリヤ執政官、いきなり開けないたらダメでしょう」
「私たちの仲じゃない。そんなのどうでもいいでしょ」
部屋の中にいた三人のメイドさんを見ると「あ、そうね。確かにそうだったかもしれないわ。ごめんなさい」とさらりと言いながら部屋へと入ってきた。
「ヴァジスラフが避難しなさいって言ってたわよ。あの男が直接言いに来ればいいのに。私、執政官よ? 顎で使わないで欲しいわ。でも、街であんなことが起きているから、それはそうよね」
「何が起こっているのですか?」
「私もよく知らないわ。
その辺でサボってた兵士たちに聞いたけど、緑っぽい服着た男と鳥みたいな仮面を被った者が自走する亀みたいなのに乗って連盟政府側のゲートに突っ込んできたらしいわ。
一人は魔法で攻撃してきて、もう一人はその亀に付いていた銃でばんばん撃ってきたんだって。
たぶん亀ってサイドカーのことでしょ。銃も形がちょっと違うみたいだけど、共和国にある機関銃みたいなものでしょ、きっと」
「そうなの。危ないわね。とにかくウリヤちゃんも逃げましょう」
「ちゃんじゃないわ! 執政官よ! しっ・せい・かん!」
二人でいるときはちゃん付けで呼ぶクセが出てしまった。
ウリヤちゃんはいつも通りだ。上半身を乗り出して食いしばった歯をむき出しにして顔を赤くしている。
街で戦闘が起きているけれどこの子は平常心を保っている。それなのにイズミさんが来てくれたからといって私が動揺してはいけない。
ドアを抜けると外にはヴァジスラフ氏がいた。




