闇の共鳴 最終話
魔法と弾丸の巻き起こす爆煙と煙で方向感覚を失ってしまった。だが、立ち止まれば撃たれる。ひたすらにその中を闇雲に駆け抜けていると、突然手をぐんと引かれた。
そのままなすがままにしていると、突然煙が晴れ上がった。
私はムーバリに手を引かれ、市庁舎からは脱出し狭い路地へと入っていたのだ。
後ろの道では怒号と爆音が飛び交っている。時折狙いの悪い弾丸が路地の壁を弾いた。
「さて、潰し合いはうまくいきましたね。このまま目的を果たしましょうか」
「逃げてばかり。勇敢なスヴェルフ様はそれが気に入らないのではないですか?」
「そんなわけがありませんよ」とムーバリは軽く笑った。だが、まるで目は笑っていない。
「あなたと同じく、すべきことがあるので。臆病だの名誉だのと騒ぐより、任務を果たせないことこそが影の者としてむしろ慙死ですよ」
「やはりそうですか。ところで、一体何を目的にしているのかしら?
ムーバリ、ということは北公の軍人としてきているのでしょう?
関係の無い北の人間、いえエルフが何をしにわざわざこんな危ないところまで?」
「私はイズミさんに会うこと、協力的な姿勢を見せること、それからもう一つです。
あなたはどうなのですか? 連盟政府は亡命政府に大きく絡んでいるのに、なぜこのような鉄火場へと躍り出てきたのですか?」
何がもう一つだ。深く尋ねれば、「アニエス下将について」と誤魔化されるだろう。それも間違いないが、まだ他にもあるには違いない。だが、答えるわけも無いだろう。
私は黙り込んだ。お互い諜報部員であり秘密がある。
「皇帝暗殺の噂をイズミさんから聞きましてね。連盟政府は陛下が殺されては困るのです。いえ、正しくは、連盟政府の中の一部勢力が、ですね」
だが、私に関して言えば、それでしかない。それでしかないと口をつぐめば疑り深い者は勝手に深みにはまる。
だが、「なるほど」とムーバリは目を細めて頷いた。
「連盟政府も一枚岩ではないのですね」
反応は意外とあっさりとしていた。だが、この男はスヴェルフ。何も無いような反応を見せるのは得意なはずだ。このままではこちらが逆に疑心暗鬼に襲われてしまう。
「お互いのためにそろそろ動きましょうか。私は市庁舎へと再び向かいます。あなたはどちらへ?」
「そうですか。ではここでお別れですね」と言うと、路地先へと足を向けた。
だが、そちらは街の外へ向かう道。その先には確か、マルタン空軍基地があったはず。
「あら、イズミさんと合流されるのではなくて? この街を出て行かれてしまうのですか?」
「すいません。急ぎますので。ご武運を」
ムーバリは返事をすることなく、手を振ると姿を消した。それ以上を言うわけがないというのは当たり前だ。
しかし、なるほど、今のやりとりで分かったことがある。
ムーバリがここにいるということは、あの男は、聖なる虹の橋が指示したあの任務を自分の部下に任せることにすら失敗したのですね。
だが、まさかヴァンダーフェルケ・オーデンの指揮を出す立場に就いているとは思わなかった。
全くもって、使えない男だ。戦うことしか頭にない。だから、降格されるのだ。
さて、私は私。アニエス陛下殿をお助けしなければ。イズミさんも腕を破砕機に食われても火の立つところに戻るような男。諦めたり、死んだり、そのような中途半端では無いでしょう。
気を取り直して市庁舎へと向かった。




