血潮伝う金床の星 第十九話
「……非公式、ですか」
長い沈黙の中でレアは何かを思いついたようだ。
「ユリナさん、ギンスブルグのお屋敷には外に絶対に出られないお部屋はありますか?」
「あるにゃ、あるが……。なにするつもりだ?」
ユリナの様子を窺うと、人差し指を下唇に当て、白と灰色の断熱材の付いた無機質な天井を見あげた。
「うーん……、そうですね。例えば、連盟政府の人間だと名乗る浮浪者が共和国内に現れたので、市民の危険回避のため見つけ次第拘束した、というのはいかがでしょう?」
ユリナも天井を見つめてしばらくすると、ほぉなるほど、と頷いた。「チビ商、お前頭いいな!」
訪れた沈黙をゴネ得による勝利だと確信していたワタベが一変した。急に口を動かし、言葉を探し始めた。急な動きに反応して俺は胸元に杖をぐっと突き付けた。すると両手を上げて動きを止めたが、大声でわめき始めた。
「ふ、ふざけるな! そんなことをして大丈夫だと思うのか!? 君、それは大きく間違っている! 協会の人間を、派遣されてきた者を拘束するなどありえない!」
「あれ? 非公式じゃなかったんですか?」
レアは表情無く言い放った。いつか見たおぞましい顔だ。それにワタベは驚いたのか、猫背になりぐっと引き下がった。
「シロークさん、お願いします」
うむ、と頷くと指を鳴らして女中さんを呼び出した。
いつの間にか現れたいつものおばあちゃん女中さんは、はい旦那さま、と穏やかに言うと、逃げ出そうと後ずさりしたワタベの上腕を彼女の細い腕でつかんだ。ワタベは年老いた女中さんの力が弱く簡単に振りほどいて逃げられると思ったのか、にやりと笑うと暴れだした。
しかし、肩をぐるぐる回されようとも、反対の腕で引きはがされようとも、杖で叩かれようとも、女中さんは眉色一つ変えずにがっしりと掴んだままだった。何をされても微動だにしないほどの強い力で抑え込まれていたのに思い切り暴れたので、ワタベの腕は内出血を起こして赤くなっている。諦めておとなしくなったワタベにシロークが一歩一歩と近づいた。
「連盟政府の人間だと名乗る浮浪者が共和国内に現れたので現時刻をもって拘束する。私自身に逮捕する権利はないが、目下敵対中の連盟政府の人間となれば話は別だ。ジューリア、彼を101号室へ。安心したまえ。共和国はすべての権利を遵守する国なので拷問はしない。同行してもらおう」
シロークの後ろで見ていたレアが付け加えた。
「あ、あと、窃盗もですね。ポケットの中の魔石、全部出してもらえますか?」
女中さん(ジューリアと初めて名前を聞いた)はワタベの腕に関節技をかけ後ろ手に組ませて壁に押し付けると、服のポケットと言うポケットと、何かが入れられそうな服の折り目、縫い目、膨らみ、裏側、皺の間まですべて弄り、魔石を取り出した。いったいいくつガメたのか、取り出しても、取り出しても、まだ出て来くる。
カミュは途中まで数えていたが、あまりの多さに20個を超えたあたりで止めてしまった。山ほどあるので数十個程度なら盗み出してもバレないと思ったのだろう。おそらく、吹っ掛けてどこかへ売り払い、小遣い稼ぎするつもりだったに違いない。そして最後にはハナズオウの杖も取り上げられていた。
「やれやれ……、外患誘因容疑だけかと思ったら、窃盗の方は容疑ですらなくなってしまったな」
抑え込まれた状態で、赤い鼻の頭と顔を同じくらいの色にしてさらに怒鳴り始めた。
「ふざけるな! 許されるわけないぞ! そ、そうやってまたお前たちだけで独占して山分けするつもりだろう!? はは! 好きにしろ! 分け前めぐって殺し合いでもおっぱじめればいい! わしはもう知らんぞ! はは、ははは!」
暴言を吐き散らしたワタベはジューリアさんに完全に抑え込まれ、後ろ襟を掴まれずるずると引きずられながら連行されていった。倉庫から出て見えなくなってからも暴れていたのか、開け放された出入口の方から、ジューリアさんが何か言った後ひっぱたくような音が聞こえた。
「魔石の余りや誤差が大きいのは非常に困るので。出してもせいぜい五個未満にしなければいけません。レア、助かります」
シャッターが閉まると、カミュはボードの上の紙に何かを書きながら、再び魔石の数を数え始めた。
「それにしてもおかしいです。非公式とはいえ、本来ならヴィトー金融協会の10……、諜報部門の者が来るはずですし、協会の人間とは思えないほどに時間に対してルーズすぎます……。それに報酬、というか、その分は給料としてルードかエイン通貨で出るはずなのですが……」
書類にチェックマークをいれるカミュにユリナが近づいた。そして背中をノックするように軽くたたいた。
「ありゃ協会の人間じゃねぇんだな?」
「一応そうですが。ただ、本当に彼が派遣された者かどうかはわかりません。名前はおろか、姿かたちも聞いていないので」
「白ゴリ、協会に報告するときゃ、あの赤鼻ハゲの姿かたち、そして名前を告げて、『優秀な人材をありがとうございます。彼には非常に困難で危険な、彼にしかできない隠密行動をさせていますのでしばらく戻りません』と、協会が派遣してきたのがアイツだと、私たちが信じているかのように白を切れ」
「意味があるのですか?何もしないと思いますが。それに一応スパイだから名前や特徴は言わないほうが」
「そのほうがこちとらありがてぇんだよ。一人しか来ないという条件で、なおかつ非公式だ。特徴も聞いてねぇから、あのオッサンこそが協会から派遣された人材だと私らが信じてる風を装うんだ。スパイのとっかえっこなんて、組織の威信にかかわるよなぁ。それで豚箱にぶち込んで何もできねぇ状況にしてるのがバレても、あとで突っ込ませねぇようにすんだよ。縁切ったとはいえ、シバサキとつるんでたんだからロクでもねぇに決まってる。働かせていようがいまいが、非公式なんだ。協会は否定も肯定もしねぇと自分から言ったんだ。どうせ帰んなかったら行方不明にしちまうつもりなんだろ」
そのユリナの言い方は、まるでワタベが替え玉だとでも言いたい口調だ。
だが難しい話は分からない。俺は杖を下ろして腰に携えた。
読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。