マルタン丘陵での戦い 最終話
レアに一体何が起きたというのか、彼女の方へ振り向くよりも早くレアは大声を上げた。
「ポルッカの閃光がポータルを抜けてダムに当たってしまいました! 水漏れ起きてます!」
「何ですって!?」
ポルッカは撃たれた。しかし、ただ撃たれただけではなかったのだ。
撃たれてしまったそのタイミングがまさに最悪だったのだ。ポルッカは撃たれつつも閃光を撃ち続け、発射の瞬間に左腕を弾丸がかすめてしまった。
狙いが狂ったまま閃光は放たれてしまい、折り悪く、レアのポータルと混線させていたポータルに入り込んでしまったのだ。
ポータルの先はダムの堤頂の上空。閃光は堤体に向かっていき、破壊してしまったのだ。
「どうやら私はやらかしてしまったようだな。すまない。守るべきダムを私が壊してしまうとは。裏切り者は裏切り者。望まずとも裏切りを働き、最後の最後まで、か」
「黙りなさい! 辞世の句など読んでいる暇は無い! 今は生きることだけ考えなさい!
衛生兵! 衛生兵の中で氷雪系の魔法を履修した者はダムに向かいなさい! 水を凍らせて少しでも遅らせるのです! 一部はここで高度な応急治療の準備をして待機!」
私は周囲にいた兵士にそう怒鳴ると、二名ほどが敬礼をして氷雪系履修済みの衛生兵を呼びに向かった。ダムは山を隠すほどに大きいというのに、なんて少ないんだ!
他は戦闘に参加中で呼び戻すことは困難。銃を過信し使える者を中心に編成した部隊であり魔法使いも錬金術師もいない。
今この場にいる手練れの錬金術師は、一人。ポルッカだ。ポルッカ・ラーヌヤルヴィ、一人なのだ!
彼女のミスであるなら、彼女を生かしてフォローさせる!
ならば一刻も早くポルッカを救出しなければいけない。今最も素早く動けるのは私だ。私が直接救出に向かうしかないのだ。
彼女は負傷している。それも大怪我だ。だが、衛生兵を連れて行くのは間違いである。衛生兵の負傷は負傷者の治癒遅延を招く。復帰できる者が減ることも意味しているのだ。
ポルッカを呼び出し、
「ポルッカ、よく聞きなさい。あなたを今すぐに救出します。
あなたは錬金術師でしょう。ダムを直す方法があるはずです。一族の中で魔力が強くないと言っていましたが、名家と言われるほどのラーヌヤルヴィ家。普通よりも格段に持っているはずです。
あなたにはその義務があります」
とキューディラに向かってゆっくりとした口調で話しかけた。そして多きく息を吸い込み、
「生きなさい!」
と怒鳴った。ポルッカは私の怒鳴り声に黙った。
「さすが騎士様だ。ご立派だな。諦めないというなら、ならば私も死ぬわけにはいかないな。
左腕は使える。出来る限りのことはする。だが、なるべく早く来い!」
ポルッカは負傷した者が放つ絶望的な震え声ではなくなった。それは力強い返事だった。まだ彼女は諦めていない。私もそうだ。諦めてはいけないのだ。
「そこ兵士三人、私についてきなさい! これは誰の銃ですか! 借りますよ!」
私は辺りを見回し、負傷した兵士が使わなくなった魔力雷管式銃を持ち上げた。
「続け!」と叫ぶと、砲火と法火が飛び交い泥と煙を爆音と共にまき散らす混沌の渦へと走り出した。
大地は揺れている。
被弾の音で遠くなる耳に、戦士たちの咆吼が遠くこだました。
あなたは裏切り者ではない。今この戦場で「生きなさい」という私の指示を無視さえしなければ――。




