マルタン丘陵での戦い 第十四話
「総員着剣!」
私は指示を出す大佐を差し置いて、大きな声を上げていた。
間違った指揮ではない。だが、周囲にいた兵士たちは私を驚いたように見ている。
まるで自棄を起こして突撃でもさせる気かという咎めるような視線を投げつけてきた。
誰もが無視しようとしたそのときだ。
ついにハッカペルの足音がここまで届き、戦場の雑踏を押し始めたのだ。
大地を揺らすような、自分たちのものではない足音に気がついた連盟政府・商会の連合軍は動きが鈍くなり、振り返りはしないが後方を気にかけている者もいた。
そして、彼らに渦巻いていたはずの勝者の熱気が冷めていくのを感じた。
ユニオンの兵士たちもその音が耳に入ると、顔を見合わせ始めた。
大佐が遅れて「繰り返す! 総員着剣! 総員着剣! さっさと着けろ!」と声を上げた。
不穏な音が敵の後方から聞こえてくるのことの意味に一人の兵士が気がついたようだ。
撃つのを止めると木の陰に潜み、震えた手つきでバヨネットを着け始めた。そして、着け終わると銃を高く掲げた。
すると連鎖を起こすように周囲の兵士たちもバヨネットを着け始めたのだ。
私の声は地響きに背中を押されてついに届いた。ただの破れかぶれではない、兵士を犬死にさせることの無い、確たる勝利を得る為の適切な指示だというものが。
「別命あるまで備えよ!」
大佐が指示を出すと兵士たちは一斉に黙り込んだ。先ほどの追い詰められたような沈黙ではなく、鳴りを潜めたトラのようになった。鼓動は震え、それは恐れではなく武者震いのようだ。
戦う者の熱気は上がり、凄まじいそれは湯気でも立ち上らせそうな物になった。まるで勝者の熱気がこちらに乗り代えたようだ。
敵は攻勢を止めたこちらへ歩みを早めた。どれほど敵が近づこうとも兵士たちは視線を険しくして茂みのトラとなり、身動き一つしなかった。
そのとき、連盟政府・商会連合軍の後方にいた一人の兵士が一度振り返ると、不自然に前へと走り出した。その一人は隊列など無視してこちらに向かってきている。
時は来た!
「突撃!」
大佐は肺に息を大きく溜め込み、そして力強く笛を吹いた。




