血潮伝う金床の星 第十八話
取引時の通訳を行うために俺はグラントルア郊外に位置する共和国練兵場にある倉庫にいた。連盟政府領から魔石を持ち込むレアとカミュを招き入れるべく、ユリナが移動魔法を用いて連盟政府側の川岸から直接ポータルをそこへ開いていた。
ポータルが開くと同時に二人が通り過ぎたので、ユリナが閉じようとしたそのときだ。わずかに開いていた瞬間を狙い、一人のフードを被った男が一緒に入ってきた。それも、こっそり入ってくるのではなく、まるで満員電車に無理やり乗るかのように堂々と入ってきたのだ。そして、閉じたポータルの前でふぅーと膝に手をつきため息をしていた。俺たちは一斉にその男に武器を向け、異常事態発生だと倉庫の一帯をすぐさま立ち入り禁止にしてシロークを呼び出した。
しばらくしてシロークが現れるとその男は、
「やっと大将の到着か。危険を冒してまできたのに遅すぎる。出迎えるのが普通だよ。それに、ちょっと、ちょっと、何やってるの。ブリトー協会、だったっけ? お金のとこの。それのアレだよ。アレ」
と指示語ばかりの言葉を並べた後にフードを脱ぎ、役者が揃ったかのような顔をした。そこにいたのは、鼻の頭が赤く、禿げあがったでっぷりと太った男、ワタベだったのだ。
「君たちは相変わらず無礼と言うのかな。こんな年寄りに向って武器を向けるなんて。長い年月を生きてきた者に対する敬意がないな」
「……なにしてるんですか?」
一歩前に出て詰め寄ったレアの顔からは焦りよりも苛立ちの色が見える。
「だから、さっきも言ったじゃない。ホラ、協会の。人が通るのにポータルを閉じるのはやめてくれないか、まったく」
「協会の人間が来ると聞いていましたが、なぜあなたが来るのですか?」
「世の中にはいろいろあるんだよ。カミーユくん。さ、早く武器を下げたまえ。仕事をしなければな!」
「……おい、このジジィは誰だ?」
レアとカミュとその不審者とのやりとりを見ていたユリナが腰に手を当てた。俺は目を放さずに彼女に近づき説明をした。
「ワタベだ。この夏前くらいまで俺たちとチームを組んでた僧侶だ」
「自己紹介はそれでいいね。では早く武器を下げたまえ。仕事だよ!」
「チビ商と白ゴリとイズミの仲間……。てぇことは、やっておしまい!」
レアとカミュは手を握り、武器と目をギラリと光らせた。お互いに動く準備は整った、さぁいつ切り伏せるかとタイミングを計るように、ジリリと音を立てた。
「おっ!? タンマ、タンマ。マジでハネる気かよ」
ユリナは冗談のつもりだったのだろう。しかし、空気を圧迫するような強烈な殺気が一瞬で二人の体から放たれたことに目を見開いて、二人を慌てて止めた。
「ユリナ、言いたかないし、それにもう察しはついてるかもしれないけど、シバサキの部下だってことだ」
「言わなくていいンだよ。っせーな……。ちっ……また邪魔すんのか、あの雑巾勇者は……。アタマん中までカビ生えてんだな……」
「あの男とは縁を切ったよ。バカ過ぎて話にならないからな。それで、わしが協会のそれのアレだ。よろしく頼むぞ!」
シバサキの名前が出るとワタベは口をへの字にして首を振った。あの男のせいで自分の評価まで落とされるのは嫌だとでも言いたげだ。
「とりあえず、俺とカミュで見張っているから、レアは取引をしてくれ」
構えていた杖を手前に突き出し俺はレアに目配せをすると、彼女はわかりましたと言い、離れてナイフをしまった。そして、工場長とユリナとの取引を始めた。ワタベはそれをうんうんと言いながら眺めていた。
これまで取引は何度も行っていたので、十分程度で終わった。レアは受け取った山のような共和国通貨を数えながらテッセラクトにしまった。取引が終わり、やや不穏な顔をしている工場長が出て行くのを見送るとレアは再びワタベの前に来た。するとワタベは近づいてきたレアの鞄をじっと見つめ、
「で、その受け取った金の何十パーセントがわしの取り分になるんだ? ん?」
と彼女ににっこりと笑いかけた。
「そんなものはありませんよ。ふざけないでください」
そう冷たく一蹴されると、彼は鼻を鳴らしあざ笑いながら言った。
「はっ、では、わしはこの計画の報酬をいったい誰から受け取ればいいのだ?」
「知りません。ヴィトー金融協会の偉い人に聞いてください」
返答を聞くとあざ笑う顔は見る見る変化して不機嫌になり、顎を上げてレアを見下ろし始めた。そして大きくため息をしながら唇を震わせて不快な音を出した。
「うんうんうんうんうんうん、わかった。わかった。わかってるよ。君は相変わらずだね。商人のくせに損得勘定が下手、と言うのかな……。お嬢ちゃん、欲するならまず与えよ、だよ? 君じゃあ話にならないか。頭取の娘のカミーユくん、どうするの? 知ってるんでしょ? 教えてあげて」
「レア、構わないほうがいいでしょう。私たちはこの男を連盟政府領に戻すだけです。しかし、なぜ協会はこの男を送ってきたのでしょうか? 私が直接言った方がいいでしょうか?」
カミュは視線を逸らすことなく発言を無視した。彼女の表情にまったく変化がない。何か知っていれば目にわずかながらでも動揺が映るはずだ。本当に何も知らない様子だ。
「いや、意味がありませんよ。きっと。非公式だから対処できない、と言われるのがオチでしょう。時間の無駄です」
「では、どうしましょうか……?」
二人に睨まれ、そして武器を突き付けられながら手を挙げているワタベはゆっくりと微笑み、二人を交互に見つめた。
「お嬢さん方、わしをどうするか悩むことこそが時間の無駄ではないかな? 確かに、わしは君たちとは仲が良くない。だが、大事なことの最中にそういった感情を持ち込むのは失敗の元だ。わしだって君たちにいきなり殴られるのではないかと怖い思いを我慢しているのだから、ここは受け入れたほうが賢いと思うよ。わしは非公式だが協会側の人間だ。それもよく考えたまえ。まだまだ青二才で間違った判断をするだろうが、若気の至りだ。そこは責任をもってきちんと方向修正してあげよう」
そう言うと、にっこりと目を細めた。
この二人の行動は感情に基づくものではない。その大事なことの成否に寄与するリスクそれそのものが彼であるというのを危惧しているのだ。それは、アンネリ殺害未遂事件の際に彼が言ったことが間接的な原因になったという、かつての経験則に基づいている。
ここでこの男を選挙戦略に混ぜるのは、想定外とはいえリスクマネジメントを自ら放棄することと等しい。つまり、失敗確定と同義である。しかし、この男がヴィトー金融協会から派遣されたとなると無下に帰すことはできないのだ。
誰もが対応に悩み始めてしまい、沈黙が訪れた。
倉庫の天井近くにいくつもある大きな換気扇はそれぞれの速度で回り、ブゥンブゥンと低い音を響かせていた。回るプロペラはワタベの顔に差し込む陽光を規則的に遮っている。
その顔は不気味なまでに自信に満ち溢れていた。
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