マルタン丘陵での戦い 第九話
僅かに残るが肌を湿らせる霧を掻い潜り、息を殺して先頭集団から約五百名ほどの所へ向かった。
通り道となる尾根筋で手頃な巨木を見つけた。樹齢何百年の、連盟政府よりも古そうな立派な針葉樹である。しっとりと重く、触れると逆立つ樹皮が手に刺さるほど強い樹木だ。
仲間と協力し、炎熱系の魔石を加工したヒートカッターのようなアイテムを用いて通り道に向かって垂直になるように幹を「く」の字に切り込みを入れた。
タイミングを見計らい木を押し倒すと、重さに耐えきれなくなった幹が弾ける高音と葉と葉が擦れ合うガサガサと音と共に木は通り道を阻むように倒れていった。
遠くで鳥たちが飛び立つ音が聞こえた。どうやらもう一つの通り道でも作戦が始まったようだ。同時にキューディラで合図が送られてきた。
私たちは葉を潰したような青い匂いが鼻の奥に届くよりも早く動き出し、隊列の分断作戦を始めた。
動揺し足を止めた隊列に両サイドから密かに近づき、敵兵士たちを一人一人草むらへと引きずり込んでいった。
背後にいた仲間たちが次々と消えていく状況に、敵兵士たちには動揺が見られ始めた。素早く首を左右に振り辺りを確認する者や、杖を構えて腰を落としている者がいる。
静まりかえった霧の中で次々と兵士たちを片付けていき、やがて倒木を中心に隙間が出来た。
一度私たちは行動を止め息を潜めた。そして、息の根を止めずに血だらけにした兵士を一人押し出し、動揺していた兵士の方へとよろよろと歩かせた。
血だらけで虫の息の兵士が動揺して膝が震えている兵士の背中に当たった。ぶつかられた方の兵士は勢いよく振り向くとそこには血だらけの仲間。
それを見るや、視線は左右に震え膝は崩れてあわあわと口を動かし始めた。
手に付いた大量の血を見ると、大声で叫びだしたのだ。そして、仲間を置いて一目散に走り出した。
先頭集団はその大声に反応して唯一の逃げ道である前方に向かって一斉に前進の速度を上げた。後方集団の先頭も踵を返すと尻尾を巻いて後方へと逃げ出した。
作戦はうまくいった。先頭集団はユニオン兵が片付ける。
しかし、後方集団には思ったほどの混乱が起きず、さらなる攪乱が必要であると判断した。
後方集団を混乱させる為に私は手頃な銃を探した。必ず銃を持っている者がいるはずだ。
案の定、銃を持っている者が数名いた。それを数名の仲間とともに持って移動し、後方で止まっている集団に向かって一発、前方から逃げてくる集団に向かって一発それぞれ撃ち込んだ。
すると、連鎖するようにパンパンと発砲音が響き渡り、さらに魔法による爆発音も聞こえ始めたのだ。
後方で同士討ちを引き起こすことが出来たようだ。
だが、予想外なことが起きた。尾根筋から外れて崖の方へ逃げていき、落ちていく者たちが出始めたのだ。
それを樹上から見ていたのか、キューディラ越しに「練度が低いな」とポルッカが囁いた。
「北公・ルスラニア王国のシーヴェルニ・ソージヴァルとの戦争で兵士が減って、戦闘経験の無い民間徴用も進んでいるのでしょう。おかげで助かりましたが」
しかし、そう安堵もしていられなかった。
前方部隊の処理に当たったユニオン兵が撃ち漏らしをしてしまったそうだ。それが尾根筋を登ってこちらへ向かっているという連絡が入った。追撃部隊で数を減らしているが数十名いるそうだ。
撃ち漏らしはこちらで処理することになった。追撃部隊を止めなければ味方を撃つ可能性もあるのである程度の地点で引き返すようにも指示を出した。
逃げて登ってきた兵士を仲間たちと共に迎え撃った。




