マルタン丘陵での戦い 第五話
茂みを動かさずに素早く南東の部隊の方へ移動した。
しかし、現地に着いたときにはケリが付いていた。魔法使い四人は簡単に殺せたが、残りの一人に難儀したようだ。
魔法使いに混じるほどに戦闘経験のある者だったようだ。
ティルナは戦いを終えたばかりなのか、肩で息をしている。その様子からも厄介な相手であるのは察することが出来た。
他の部員たちは魔法使いの口を押さえ首をナイフで切ったり首の骨を折ったりと処理していた。
「来なくても、大丈夫、だったのに」
「確かに大丈夫そうだったみたいですね。でも、息が上がってる。少し休んだ方がいいのではないでしょうか」
背中に背負われた大剣を見た。共和国で折れて以降、時代の変遷もあって大剣は持たないようになった。持たないようになって実感したのが、身の軽さだった。
「重くないのですか?」
「これは必要な物なの。ユニオンの歴史そのものでもあるの。これを持って勝利することがカルデロンの会長としての務め」
「おい、二人とも伏せろ!」とキューディラからポルッカの割れた声が聞こえた。その瞬間、発砲音が森の中に響き渡ってしまった。
同時に、伸びるような金属音と共にすぐ横の木が弾けた。樹皮を割れて破れ、露出した黄色い幹の中心には黒い小さな固まりがあり、煙を上げている。
遅れて鼻の奥に届いた硝煙の匂い。
まさか、これは銃弾!?
飛んできた方を見ると、先ほど戦うことに難儀していた杖を持たない男が肘で起き上がり、朦朧とした意識の中で身体と腕を振るわせて筒状の物をこちらに向けていた。
それは紛れもなく、小銃だったのだ。
男の目が光ると、僅かに銃身が動いてそれは真っ直ぐティルナの方を向いた。
この至近距離。二発目は当たってしまう。
男がニヤついたそのときだ。
木々の葉の合間を縫って黄色い何かが天から降ってきた。そして、それはその男の眉間に当たった。眉間にできた穴は貫通しているのか、後ろの木々や草が見通せた。
どうやら魔法のようだ。
「バカか! 首をはねるか頭を潰しかして確実に殺してから安堵しろ! 戦場だぞ! 気を抜くな!」
ポルッカの怒鳴り声がキューディラから聞こえた。おそらく今の一撃はポルッカのものだ。
彼女は一体何をしたのか。実弾なら後頭部が破裂して血や脳漿が飛び散るはずだ。
しかし、今はそれどころではないようだ。
男は確実に引き金を握っていた。だが、ポルッカの働きで狙いは狂い私たちの誰にも当たらなかった。
しかし、不運にも先ほどと同じ木の同じ場所に当たったのだ。威力があるものなのか、木の幹は半分以上が無くなってしまった。
支えを失った気はミシミシと音を立てて倒れ始めてしまったのだ。
「木が倒れる! マズい! 連盟政府側に勘づかれる!」
先ほどの銃声は森の木々たちと霧が飲み込んでくれた。しかし、この大きな木が倒れてしまうともはや隠密行動は出来ない。
だが、支えように私たち六人ではどうしようも出来ないほどの巨木だ。
「後方の部隊、および作戦参加のユニオン軍に連絡! 戦闘準備! 戦端は開かれた!」
私は咄嗟に指示を出した。これはもう防ぎようが無い。
木は大きく傾き、ついに根と上部を繋いでいた皮一枚も弾けた。周りの木々を巻き込み、緑の波を引き起こし、森を揺るがす大きな音を立て始めた。
鳥たちは驚き舞い上がり、甲高い声で鳴き喚いている。夏霧は倒れる木々の巻き起こす突風に吹き飛ばされて、まだ湿ったままの地面に朝日を投げかけた。
露が乾くと同時に遠くから警戒を促すような鐘の音が聞こえた。




