マルタン丘陵での戦い 第三話
「そうですか。称号は過去のものと明言されているというのは羨ましいですね。
そもそも騎士とは単なる記号としての称号に過ぎないはずでした。勇敢で敵からも讃頌されるような高潔な働きをした者に与えられる称号。それが騎士。
鉄を切る剣を持てば誰でも鉄が切れるようになるわけではない。鉄を切るのは剣でなく、その腕。
騎士の称号を得れば誰でも騎士というわけではないのです」
「ほう、ならばお前たちのような者は騎士を名乗っても申し分ない働きをしているはずだが?」
「連盟政府では称号は未だに存在していますが、今や称号そのものよりも精神だけが強烈に強調されています。
騎士の称号を与えられることでその者の行動は模範的であるべきというのが独り歩きして、いつしかただ行動を縛るものと成り下がってしまいました。
騎士は規範であるが故に社会的地位もあり、色々と優遇されます。
授けられた者の多くは、称号を与えられることで満足し、そして、それを失うまいと何もしなくなるのです。
……何もしない方がマシかも知れませんね。称号を持っているから自分の行いの全ては高潔であると思い込むよりも。
これまで四十年間戦いは表の世界では無かったので、そこで名を上げる機会も無く、その称号も半ば世襲のような形で授けられている状態です。
称号は鉄を切る者ではなくなり、いつしか剣になり、やがてただの免罪符になりました。生まれながらに与えられた様々な事への不平等な免罪符でしかないのです。
騎士という貴族の為の称号よりも、かつて商会がモチベーションのために民間人や下級貴族に与えていた勇者という称号を持つ者たちの方が社会への貢献度は高かったでしょう。
ですから、どれほど戦場で成果を上げようと、私たちにその騎士の称号が付くことはありません。つまり、そういうことなのですよ」
ポルッカは再びしばらく黙り込んだ後、「ああ、なるほど。よく分かった」と噛みしめるようになった。
「だからあなた達の部隊は女性のみで構成されているのか。どれほど活躍しようとも、貴族の乱暴な令嬢の裏仕事でしかないというワケか」
「ご理解いただけたようで」
「だが、もとより、誇りもクソも無いバカどもが礼節のツラを被せて自分の椅子に座り続ける為だけの時代遅れの精神論など不要だ。
人間は、自らのそれまでの行いの全ては無視するくせに、どうしてこうも精神のあり方にだけに固執するのだろうな。滑稽だ。
両手を合わせて悔い改めるの一言を言えば、それまでの行いが無くなるわけでもあるまい。許すことができるのは神ではなく、現世に生ける人のみだ」
「それはあなた方の閣下の言葉とは相反すると思いますが?」
息を吸い込むような音がした後、しばらく黙り込んだ。




