血潮伝う金床の星 第十七話
それから三日後、ついに告示の日を迎えた。
これから候補者たちの書かれた紙が評議会議事堂前にある掲示板で発表される。張り出される前からすでに広場はごった返しており、今回の選挙への関心高さがうかがえる。
足を組み落ち着きなく揺らすユリナと目を閉じて腕を組みじっとしているシロークと三人で掲示されるのを車の中で待っていた。
すると、背広の男が二人ほど議事堂正面玄関から出てきて、紙を張り出しはじめた。一人が丸まっていた角を伸ばし、群衆に中身を見えるようにしたところ、その場にいた全員が一斉に色めき立った。俺は双眼鏡を覗き揺らめく人込みの先にある掲示板に貼られた紙を確認した。候補者は全部で七人。派閥ははっきりと書かれてはいないが、上から強硬派、保守派、和平派、そのあとに泡まつ候補者の順で書いてある。
強硬派セルジュ・ギルベール。保守派カスト・マゼルソン。そしてその次に並んだ名前がシローク・ギンスブルグ。泡まつ候補者の中にカールニークの名前はなかった。それを二人に報告し、ユリナに双眼鏡を渡した。
ユリナがあちこち出向いていたのはすでに噂や新聞で広まっており、和平派では誰が出馬するのか話題になっていた。俺たちは計画して動いていたが、他の候補者たちからすればシロークの名前があがることは意外だっただろう。候補者の名前が発表されて起きた感嘆の渦が収まると、今度は人込みの中から足に筒の付いたハトたちが一斉に晩夏の空に羽ばたき始めた。各メディアの伝書鳩たちが力強い羽音を立てて我先に自分のねぐらである新聞社へと急いでいる。
目で追っていたハトが太陽を背にして飛び始め、視界からついに消えたその瞬間から、ユリナとシロークのキューディラは鳴りやまなくなった。
「まずは一歩リード、と言う感じか」と、鳴り続けるキューディラを確認しながらシロークは言った。すると組んだ足をほどいていたユリナが彼を不安そうに見つめた。
「わりぃ……、泡まつ候補がすくねぇな。イケるか?」
シロークは運転手にルームミラー越しに目を光らせた。すると、かしこまりました、と運転手は応えて車を発進させた。
「大丈夫だ。私たちは勝利する」
二人の後ろのシートに座る俺は、ユリナと話し合うシロークの横顔が見えた。珍しく弱気なことを言うユリナを力強く見つめて、彼は声低く自信あり気に応えている。その顔には勝利を確信しているかのような自信があった。
公示日の翌日から二人はこれまでにないほど忙殺され始めた。
これまで二人への来客は、何としてでも大量契約に結び付けるため半日に一度顔を出す魔石販売業者(癒着を疑われるため門前払い)と各省関係者が中心だったが、それ以外の様々な人たちもひっきりなしに訪れるようになった。ヴルムタール家再興支援者、和平派ロビイスト、エルフたちの財閥・商会……。
地の下で蠢き複雑に絡み合っていた思惑が、増えすぎた量をついに隠すことができず表ににじみ出す様子は、選挙に向けて世間が動き出したことを肌で感じさせた。
これまで共和国内の話ばかりに目が行ってしまっていたが、レアとカミュが選挙資金を得るために動いていることを忘れてはいけない。
当初予定していた魔石の運搬については順調であり、販売もダミー会社のアルヘナ・コープを介して軍工場に直接卸しているので問題もない。そのうえその場でのニコニコ現金会計なので資金もすぐに手に入る。金融省に勤めるシロークの手腕でその資金の明細は『銃製造のための各種部品調達費用』となり、軍部省に当てられた年間の予算の中から支払われている。収益の一部は開発元のヴルムタール家にも、つまりユリナの手元、ひいてはギンスブルグ家にも流れる。要するに、ほとんどすべての資金がそこへ流れ込んでいる状態だ。
市場の魔石流通量は変わらないが、買いだめ等のせいで価格はこれまでで最高3倍にまで膨れ上がり、頭打ちの様子を見せてはいるがなおも不安定である。しかし、アルヘナ・コープは”双子座の金床”計画開始時点での1.5倍の価格で固定し売り続けている。ユリナは値段が上がることを知っているので、軍工場に指示を出すまで絶対買うなとしていた。アルヘナ・コープの従業員はカストルとポルックスの二人しかいないので外部に漏れることもない。もちろん魔石カルテルとは完全に独立している。
だが、資金もだいぶ集まり始めた頃、ヴィトー金融協会が非公式ではあるがサポート役を付けたいと言ってきたのだ。その際、協会側の態度は強気であり、要望と言うよりも命令に近いものだった。レアとカミュは警戒し、すぐの返答は控えた。
ヴィトー金融協会は連盟政府への通達は一切行わないという条件を呑んだうえで魔石の確保に協力をしてきた。もうすぐ選挙も始まるこの時期にその申し出を断れば、連盟政府側に情報を提供するなどの暴挙に出る可能性があり安易に断ることができない。話をある程度進めてから突き付けてくるあたり、何かしらの目論見があるのだろう。まるで川の真ん中で値段を吊り上げる“かちわたし”だ。しかし、協会頭取の娘であるカミュでさえもそれは知らないようだ。
申し出があったその日のうちに二人はユリナと協議し、連盟政府側のダミー会社であるワサト・メイジ・カンパニーの重役に配置することで共和国には近づかせないようにした。そして、原則すべてが隠密行動なので派遣人数は一人でなければ支障が出ると、それっぽい報告書を作りあげて回答した。
それに対して協会側は特に反感を持たず認めた。しかし、連絡を受けてから二週間ほどで人員が来ると言われてからひと月たっても、その人物が現れることはなかった。人物の特徴も伝えられておらず、合流ができないと協会側に問い合わせてみるも、非公式であるがゆえに、具体的なことは答えられないという回答をよこされた。
だが、ある日そいつはやってきた。誰もが予想しない、そして最悪の男がやってきたのだ。
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