マルタン芸術広場事件 第十九話
ヴァンダーフェルケの団長は杖を脅すように揺らし俺を睨みつけてきた。降参などするわけも無い。
シバサキが自分の言うとおりにならなければこの団長でさえも何をされるか分からない。それもわかっているはずだ。
降参したところで殺すわけもなく、生け捕りにしてシバサキの前に突き出すに決まっている。
そんなデマカセ信じられるか!
だが、それよりも! 二人ともふざけるてるのか! なんでこんなにあっさりしているんだ!
まさか本当に気がついていないのか!?
杖をじりじりと音がするほどに強く握りしめた。ムーバリはどうでもいい。降参したとか言っておきながら、混乱に乗じてしれりと逃げ出すに決まっている。
ならば俺はこれからクロエとこの大勢のヴァンダーフェルケを蹴散らして進まなければいけないのか。
出来ないことはない。だが、殺す気でやらなければ出来ない。いつまでこだわるのか、生きて助けるなら誰かを殺せ、と俺が俺自身に頭の中で怒鳴りつける。
ふざけるな。ふざけるな、ふざけるな。だがやるしかない!
至近距離で強めの魔法を当てれば団長を吹き飛ばせる。これまで何度も魔法を使ってきた。詠唱無しでも申し分ない威力のものは撃てる。
その後は杖先に炎熱系の魔法を集中させて振り回して、その後はビラ・ホラでやった方法で杖を凍らせて周囲の動きを止める。その隙に離脱だ。
汗で滑り震える杖先をヴァンダーフェルケの団長に向けようとした。
クロエが武装を解除して杖を腰にしまおうと杖先を後ろに向けた。
――まさにそのときだ。ムーバリが「諦めなくなったとは、成長したのですね」と囁くと、手で持ち高く掲げていたブルゼイ・ストリカザを前に向かって投げるように手放したのだ。
ブルゼイ族とスヴェンニーは和解し一つに再統合した。だが、あの槍に呪いは、忘れてはいけないと解かれること無くまだ残っている。
スヴェンニー以外には重たいその槍はまるで巨大な鉄球でも落としたかのような轟音を立てて石畳を抉り、凄まじい量の砂埃を巻き起こしたのだ。
土煙の合間にクロエの杖の先端が見えるや否や、そこから空気を振るわせるような強烈な衝撃波が俺に向かって真っ直ぐ飛んできた。俺は突然のことに構えることも出来ずに吹き飛ばされた。
「行きなさい、イズミさん! アニエス陛下を助けなさい!」
「行くんだ、イズミ! ここは私たち二人に任せておくんだ!」
飛ばされる刹那に聞こえた二人の声が聞こえた。やはり二人は気がついていたのだ。
クロエの起こした衝撃波で破裂するように晴れていく土煙の中、背中を合わせた二人の姿はヴァンダーフェルケたちを蹴散らし始めた。
喜びと信頼と、武運に身を任せた。
同時に、すまないすまない、と一瞬でも二人を疑った俺自身を強烈に呪った。
出来れば誰も殺さないで欲しいという願いつつも、自分たちも傷つくこと無く、そして負けないで欲しいと俺は祈った。




