マルタン芸術広場事件 第十七話
まさかクロエは裏切り者だったのか?
やはりというか、この期に及んでというか、驚きはさほど無かった。
だが、一応にも仲間として数えていた者が一人減るというのは困ることには困る。俺とムーバリは一斉にクロエの方へ振り向いた。
彼女は騎士団に向けた杖を下ろそうとはしない。それどころか「は?」と団長殿を睨め付けた。
「あなた達は騎士団、私は聖なる虹の橋。シバサキを上司に持っていても違う組織。
あなた方は誇りの為に集う者たち、私たちは共通の意思のもとに戦う影。持ち合わせる価値観から違いますの。
あなた方に限らず、他部署と協力するなど、諜報部員として恥ですわ」
「同じ連盟政府の者で協力するのは当たり前だろう。こちらへ来て、イズミともう一人を引き渡して貰おうか」
「イズミ?」と怪我をしていた男は横たわったままそう尋ねるように言った。
「治癒魔法をかけてくれたのはイズミなのか? いや、そんな……。そんなはずはない!
イズミはシバサキ統合団長の娘さんを嬲り殺すような奴だぞ! そんな奴に、さっきみたいな温かい治癒魔法が使えるわけがない!
人を意図的に殺した奴の魔法は俺にはすぐに分かる! 今のも殺したことのあるヤツの魔法だった!
だけど今は戦時だ! そうじゃないヤツの方が少ない!
殺したことのある魔法なのに温かかった! 二度と繰り返さない覚悟のあるヤツの魔法だ! そんなヤツが子どもを嬲り殺しになんか出来るわけない!」
誰も何も答えることはなく、男の声は広場に広がり壁に吸い込まれて静まりかえった。その沈黙が目が見えなくなっていた彼にとっては一番伝わる肯定となった。
男は沈黙の回答の意味するところを理解して喚き続けていたが、ふと静かになると「本当にイズミなのか……?」と認め始めるように囁いた。
「そうだ。貴様はそうとも知らずに敵から情けを受けた。誇り高くあろうとする者の無知というのは、最もはずべき失態」
団長格の男がそう答えると完全に沈黙した。そして震え出すと「そんな。何もかも、ちがうじゃないか」と呟くと腕を力なく落とした。
「この隊員はイズミに治癒魔法と称して精神に干渉され汚染されている可能性がある。卑存者更生施設へ入院させろ」
団長格の男の命令を聞いた隊員が二人ほど杖を前に構えたまま出てくると、傷ついた男の両腕を掴み上げた。
男は首を左右に素早く動かすと、凄まじい抵抗を見せた。動かない腕を動かそうともがき、足を動かせるだけばたつかせている。
「嫌だ! やめてくれ! 嫌だ! 放せ! あんな所には行きたくない!」
男は引き摺られながら「逃げろ! イズミ、逃げろ! 逃げてくれ!」と虚空に向かって絶叫した。
しかし、その絶叫もすぐさま団員たちの合間に飲み込まれて消えていった。
「全く、負傷者を利用しようとするとはイズミは最低な奴だな。シバサキ統合団長殿の言うとおりだ」
デタラメでも何でも勝手に言えばいい。だが、それは俺がいないころでだけであり、目の前にして言ってはいけないこともある。
俺は腹が立ち一歩前に出ようとした。だが、クロエは俺の前に手をかざし抑えると話し始めた。
「シバサキ統合団長ですか。私の知らないうちに彼も随分偉くなりましたね。
ま、尤も、箔付けのために名前だけ立派で実務の伴わない立場を作るのはお好きでしたね。
ところで、一体どういう組織なのです? 以前から、随分鍛錬されたのでしょうかね。以前とは違い、かなり連携がとれているように見えますが」
クロエの言うとおり、確かにビラ・ホラのときのように無駄な名乗り口上の後にイノシシのように突撃をしてこないというのは以前からは考えられない。
そして、皆一様にキューディラをインカムのように付けている。連絡を取り合っているのだろう。




