マルタン芸術広場事件 第十三話
レヴィアタンと亡命政府軍の戦闘の音が遠くで鳴り響く中、汚れた小川の出来た路地裏、近代化から取り残された古く低い家の屋根の上、ときには窓を割り建物へ侵入し廊下の中を絶えず駆け抜けた。
所属組織は違えど現役のスパイ二人と共に行動していただけあり、目立つことなく進むことが出来た。
おかげで障害にぶつかることも妨害に遭うこともなく、二十分ほどするとマルタン芸術広場が見える位置まで近づいた。
楕円形の広場はには人がひしめいているかと思っていたが、もぬけの殻だった。
「スピーチってわりに観衆がいないじゃないか。マルタン市民は強制参加で集められて九芒星の金床の旗でも振ってんのかとも思った」
「市街地に人がいなかったんだからそれくらい分かるでしょう。広場を中心に半径2.5マイルの住民を全員避難させたのですよ」
「じゃ誰に向けて話すんだよ?」
「キューディラだとか例の掲示板だとかで世界に向けて放送するんですよ。本来は市街地には人で溢れているはずでした。本来、亡命政府は市民を盾にするつもりだったんです」
「誰がそれを言い出したんだ? まさか……」
俺は引きつってしまった。皇帝であるアニエスがそれを言い出したのかと頭の中を過ってしまった。
クロエは俺を見るとため息を溢してすぐに「そんなわけありません」と否定してくれた。
「盾にしようとしていたのは顧問団たち、要するに幹部たちです。それを押し切って避難させたのは、他でもないアニエスさんです。さすがは賢い人です」
「二人とも集中してください。広場には誰もいない、と言うわけでは無さそうですよ」とムーバリが目を細めて広場の端から端を見渡した。
視線が止まったので、そちらを見ると建物の影の中に黒い服を着た男たちの姿が何人か見えた。まだ遠く、見分けが付かない。
だが、統一された服を着ていて明らかに民間人ではない。そして、亡命政府軍でもないのだ。
「あれが誰であれ、見つかるわけにはいきませんね。クロエさん、あなた市庁舎に出入りしていた人でしょう。何とかしてください」
「生憎、私は追放となりまして、今はもう堂々と市庁舎に入れませんの」
「使えねー」と言うと「お黙りなさい。市民を避難させる過程でアニエスさんと話し合ってそう言う作戦に出たのです。あなたたちとのこうした行動が想定外だから仕方ないでしょう。あなたこそ、移動魔法で入れないのですか?」
「俺はマルタンに来たことはあるけど、市庁舎、と言うか市街地まで入ってない」
「使えねーのはどっちかしら、全く」と口を尖らせて高い声で毒突いた。
「仕方ないですよ。喧嘩はしないでください。ですが、どれほど暴れても市民に被害が及ばないのであれば、問題ないでしょう。さすがに入り口はご存じですね」
クロエは「あんたとは喧嘩する価値もないですわね、スヴェンニー」と舌打ちをした。
「スピーチが行われるバルコニーへの最短距離で入るには正面の目立つ広場を突っ切るのが早いのですが、今回はそこは通れません。となると市庁舎の裏から侵入するしかないでしょう。だいぶ遠回りになりますが回り込む以外にありません」
「時間もあまりありませんね。アニエス下将救出だけが目的。他に選択肢がなければ急ぎましょう」
ムーバリの言葉にクロエは舌打ちを繰り返しつつも、先導を始めた。




