血潮伝う金床の星 第十六話
「おい、イズミ。マリーク送ったら軍部省にツラ出せ。浮動票集め行くぞ」
「何をするんだ?」
「和平派の泡まつ候補の数を増やす」
「いいのか? それ。票が分散しないか?」
「んくらいで分散するような奴は話にすら登らねーよ」
朝食を食べながら、簡単な説明をしてきた。
彼女の考えでは、和平派泡まつ候補を多数出すことで和平派が多いことを評議会と市民にアピールして、その後の評議会選挙での和平派への票の流れを作れるということらしい。
「保守派のカストは?そっちに票も流れないか?」
「流れねぇよ。あいつはバリバリの保守で、現状を変えないだけで和平もくそもない。わけわからんから、割とはっきりしてるギルベールに保守票が流れる見込みだけで、今んとこ有利って話なだけだ」
「そもそもなんだが、立候補できるのは金融省の人間だよな?あの評議会から選ばれるってことではないの?」
何かまずいことを言ってしまったのか、ユリナは目を大きく開けて俺を見た。
「さてはオメェ、なんも調べてねぇな? 選挙は何回あるか知ってっか? そもそもシロークは評議員じゃねぇぞ?」
「すまん、わからん」
「バーカ、ったく。二回あんだよ。市民投票の後に評議会投票の二回だ。評議会投票が決選投票で、市民投票は泡まつのあぶり出しすんだよ。しかし、ただの篩ってわけでもねぇ。市民投票でのイメージ付けが評議会選挙にかなり影響する。おぼえとけ」
「金融省に勤めていれば誰でも立候補できるのか?」
「まぁな。やろうと思えば一年目のペーペーでもなれるぞ。だが、選挙てのは金がかかる。泡まつにするとしたら金のあるやつらか、後々要職につけたい奴だな。つまり和平派の青田買いと票買……っとぉ……これは言っちゃまずいか」
ユリナは親指で耳に触れると、知らん顔をしてそっぽを向いてしまった。はっきりとは言わなかったが、泡まつ候補としてあげるエルフたちに袖の下と役職予約をしに行くということか。
マリークを学校へ送り届けた後、俺は軍部省に顔を出した。ユリナのオフィスに行くと、軍服ではないスーツ姿のユリナがいた。軍服ではないということは軍部省としてではなく、ユリナ個人として赴くつもりなのだろう。
部屋に入るや否や、紙を一枚渡してきた。どうやら俺が何も調べていないと思ったらしく、選挙についてその紙を使ってさらに詳しく説明してくれた。
最初に行われる市民投票では、和平派の泡まつ候補を多く出し、評議会選挙での和平派が有利な流れを作る。あまり重要ではないように感じるが、流れを作ることで決選投票である評議会選挙に影響を与えるらしい。ふるいに掛けるのはそのついでと言った感じだ。
市民投票から一定期間経過した後に行われる評議会選挙では、4省各15人の評議員が票を持っていて全部で60枚の票を取り合うことになる。各省からの候補者に投票するから組織票15票は固い、というわけではないらしい。
殊に今回は、和平派か強硬派での取り合いがメインなので、どちらにつくかで投票先が異なる。政省内の和平派寄りの評議員はシロークに票を入れるだろうし、逆に軍部省内の強硬派はギルベールに票を入れる。普通に投票が行われれば、そういう風になる。
評議会選挙はそちらだけで特別な対策が必要になるが、まだ先の話なので積極的には動かない。そして、これからするのは、まず間近の市民投票の方をいじくりまわしに行くということだ。
廊下をかつかつと音を立て歩く彼女は言った。
「まずぁ、いちいちこうるせぇカールニークのとこだな。カールニーク社は魔力射出式銃の開発製造元だ。おまけに強硬派。そこの社長の弟が金融省で万年木っ端役人をお勤めご苦労さんってわけだ。こいつは声かけねぇと拗ねるんだよ」
「……カールニーク?」
後ろを歩く俺はあることを思い出して渋い顔をしてしまった。彼女はそれが気になったのか横目で見てきた。
「なんだ? なんか知ってんのか?」
「いや……」
カールニークといえば、マリークの友達のリボン・グリーン団のオリヴェルと同じ苗字だ。
政治に子どもを持ち出したくはない。ここで俺が彼の名前を出せば、ユリナはゆすりに使うだろうから言わないことにしよう。キョウコウハもわかっていない子どもは立ち入らせてはいけない。
「強硬派なのに声をかけていいのか?」
「そいつの兄貴と、要するに社長と一悶着あってな。そのゴアイサツがてらだ」
軍部省を出ると、前に停まっていた黒塗りの自動車に乗り込んだ。
軍部省から数ブロック先にある石造りの三階建ての建物の金融省に到着し、受付を済ませると応接間へ通された。
ユリナは足をくの字にまげて上品にソファに座り、その後ろで俺は眼球を上に向けたままじっと立って待っていると、ドアが開きスーツ姿の男性が現れた。男性はオリヴェルと同じ髪色だが姿かたちはそこまで似通ってはおらず、怒り肩で絶えず眉間にしわを寄せている姿はオリヴェルを何倍も頑固にしたようなものだった。
ユリナの向かいのソファに座ると話を始めた。
「ユリナ長官直々においでとは、どういうご用件でしょうか」
「あら、ご冗談を。お分かりでは無くて? この度の次期金融省長官の選挙についてですよ」
「便宜を図れということですね」
「お分かりがよろしいようで。カールニーク社社長であるあなたのお兄様とは銃の件でお互い痛み分けということになりましたが、あなたが和平派として立候補していただけたら再度取引の検討を致しますよ?」
男は腕を組み、体を大きく見せるように背筋を伸ばした。
「何が痛み分けだ……。一方的に契約を打ち切っておきながら。それが原因で我が一族が強硬派であるわけではないが、お前ら平和ボケした連中の助力で省長官などにはならない。私は時間をかけて自分の力で上り詰めていく。どうせ他にも声をかけているのだろう?どの候補者のためか知らないが、目的が泡まつ候補を立てることぐらい知っている。お前らの撒き餌になどならない。尻軽のアバズレが。都合のいいものを見つけるまで好きにしろ」
突然ユリナはガンと大きな足音とともに立ち上がり、ゆらゆらと移動しカールニークの真横にどかっと腰かけた。そして顔を近づけ肩に手を回した。回した掌で彼の頬をペチペチ触った。
「ははぁ……、アバズレたぁ良く言ってくれたなァ……」
「な、何をする気だ……!? い、色仕掛けか!? そ、そんなものには屈しないぞ!」
よく見ればユリナのブラウスは胸元がかなり開いており、上からのぞくと谷間の下の下着まで見えてしまいそうなほどだ。タイトスカートも短く、座ったままで動かすたびに裾があがっていき、黒ストッキングの太ももがあらわになっていく。
「ご所望かしら……? でもなァ、てめぇ今自力でっつったよな、三等秘書官様よォ? じゃギルベールが来てもしっぽ振り回すなよ……?強硬派のワンコにチ〇チンしたら、テメェんとこの銃二度と作れねぇようインポにしてやるから覚悟しとけ。尻軽でも竿は選ぶんだよ……。お前らごときの粗銃じゃ私ゃ満足できねぇから残しても仕方ねぇんだよなぁ。タマの威力が強くも弱くもねぇ半勃ちの銃死ぬまでシゴいてな……。あばよ……」
囁くように言ってはいたが、俺のいる場所まで何を言ったのか聞こえた。まるで怒りをぶつけているようだ。
「くっ……ええい! 毒婦めが! 近寄るな!」
一瞬言葉を失ったカールニークは絞り出すように声を上げ、手を大きく払いユリナを突き放した。ユリナは飛びのくように避けると「それでは、お兄様によろしくお願いしますね!」と営業スマイル全開になり、深々とお辞儀をした。しかし、その直後にバーンとドアノブがおかしくなりそうなほどの蹴りを入れてドアを開け、かつかつとヒールの音を立てて出て行った。態度の変貌ぶりに俺まで少し気圧されたが、遅れまいと小さくお辞儀をして彼女についていった。
それからも数人に声をかけて回った。その後もユリナはまた怒鳴り散らすのではないかと不安だったが、結局そうなったのは最初のカールニークのときだけだった。向かった先のほとんどはユリナの来訪を歓迎している様子だった。しかし、全員が立候補に対して前向きというわけではなく、具体的な返事が出たのはそのうちの女性のエルフ二名だけだった。やはり資金面に不安があるのだろう。
それが終わると俺はマリークのお迎えに行った。
秋の足音が聞こえ始めて赤黄色茶色に彩り始めた街を抜け、学校の前に着いた。門からわらわらと出てくる子どもたちの服は分厚く膨らみ始めて、まるで子犬の群れようだ。
門の前で彼を待っていると、オリヴェルと楽しげに話すマリークの姿が見えた。オリヴェルの叔父をユリナが目の前で怒鳴り散らしていたのを見かけた俺には、楽しげな二人の姿を見るのが複雑だった。そして、マリークは強硬派に言いくるめられてしまわないだろうか心配になった。マリークには父親の選挙のことは詳しく話していない。彼の選挙への加担は、最初の新聞集めで終わっている。それは彼にとどまらず、オリヴェルも選挙への加担はしないでほしいのだ。
だがもし、息子が和平派の候補者の息子と仲がいいと知ったら、カールニークは利用するだろうか。
「なぁマリーク……」
レンガ造りの大きな門の外側で待つ俺に気が付いて、傍へやってきたマリークはリュックと上着を渡してきた。彼らが和平派だの強硬派だのの話をしていないか、どうしても気になってしまい、そのとき思わず聞いてしまいそうになった。
しかし、それ以上は聞くことをためらってしまった。ここで言うことで再びお互いの派閥を強く意識し始めて、様々なことの引き金にならないとも限らないからだ。そして、マリークがリボン・グリーン団に勧誘でもされたらそれはそれでさらにややこしいことになる。オリヴェルと友達になってほしいと思っていた。しかし選挙の行く末を考えるとどうしても交友関係に干渉しようとしてしまうのだ。
口を開けたまま止まり、話を途切れさせた俺を覗き込んで、変なの、と言うと、マリークはオリヴェルたちのところへ走っていった。