マルタン芸術広場事件 第十一話
辺りの様子を警戒しながら「イズミさん、困りますね」と言った。
銃撃は止み一時的な落ち着きを見せた状況を確認すると「連盟政府の諜報部員と密会密談するなど、北公では反逆罪ですよ?」と首だけを動かしてこちらを見てきた。
「じゃ今なんで俺たちを助けた? クロエはその密会していた相手だぞ?」
「私も色々抱え込んでしまいまして。今はアニエス中佐を、おっと、アニエス下将を拘束しなければいけませんね。北公での私は脱走者を取り締まらなければいけないのです」
ムーバリは今北公の軍服を着ている。どれほど煤と埃で白黒に薄汚れていようとも、それは北公の物と一目で分かる。
だが、アニエスを脱走兵というわりに階級を訂正している。そもそも北公では脱走兵は問答無用で射殺していた。
俺も先ほど煙の中で、飛び交う銃弾に混じって後頭部をこいつに撃たれていてもおかしくないはずだ。
北公の意思と共和国の意思が見事にごちゃ混ぜになった主義主張のブレ具合で混乱しそうだ。
「どこでの立場での言い分か、もういちいち聞いてるのが面倒くさい。お前はアニエスを助けるんだな? これだけ分かれば良い」
俺の問いかけにムーバリは笑い、
「実に簡潔で良い質問です。そうです。彼女を生きたまま拘束し、北公に連れて帰り刑に服していただきます」
と切り返すように簡潔に応えてきた。
ここまで来ていて、アニエスがどういう立場になりどういう状態になっているかなどをこの男が知らないわけもない。
刑に服すとは言うが相手は一応にも皇帝。まずは北公軍を懲戒免職処分とか適当な理由をつけて辞めさせた後、皇帝の立場を存分に利用するはずだ。
北公が北公としてルーアの皇帝を拘束することに共和国がどういう反応を見せるか。先のユリナとカルルさんの対談の様子では関係は悪くはない。
だが、皇帝が手元にいるからと言う理由で悪化する可能性は大いにある。しかし、共和国は人道的国家を主張しており、北公国内で処刑しろとは言わないはずだ。(メレデントの件がある。暗殺はあるかもしれないが)。
もし皇帝が北公にいると分かれば難民エルフの流入が増加するだろう。共和国はそれを恐れるはずだ。北公もマルタンの二の舞を避けたいだろう。
だが、北公よりもユニオンの方が難民エルフに寛容であり、生活の困窮を理由にしている彼らの流入量は変わらない。
アニエスの引き渡しの是非については、共和国との交渉のローリスク・ハイリターンなカードたり得るのだ。
そして、皇帝を手中に収めた北公を連盟政府がどう考えるか。自分たちが利用しようとしていたカードを北公に取られたのだ。
「皇帝が囚われ非人道的な扱いを受けているので。救出作戦を展開した」と言い始めてノルデンヴィズ南部戦線が今以上に陰惨を極めるだろう。
ルーア皇帝はカードとして、そうしてまで確保する価値はあるのだ。




