マルタン芸術広場事件 第八話
「囲まれるのはいつものことですよ。さぁどうしますか? ウィスキーで乾杯でもしますか」
「黙れよ。お前と乾杯なんざしない」とちょうど足下に転がっていたウィスキー瓶を拾い上げて口を付けた。口から漏れたので、左手首で拭った。
「まず壁をだせ。防御してる間に裏口を塞いでるあれを吹っ飛ばす」と言って、親指で倒れた棚を指した。
「ありゃ酒棚だ。ユニオンの度数の高いのが多そうだからよく燃える」
「危ないですこと。ですが、残念なお知らせです。石壁は石畳だからできたんですよ。ここではさしずめ床板を剥がして作るものが精一杯です。数発撃ち込まれたら、あっという間に壊れますよ」
「クソ、使えねぇな」と舌打ちをすると「おだまりなさい」と肩を膨らませて言い返してきた。
「だが、参ったな」
テーブルは他にもいくつかある。こいつらをまとめて吹き飛ばして兵士を巻き込み、出来た隙に外へ出るか。外では兵士が半円形に俺とクロエを取り囲んでいる。
移動魔法を使えば全て解決するが、こうして戦闘が起きた以上どこかとどこかの戦争であり、安易に使えば後で揚げ足を取られる。相手が使ってくる様子は無いが、使える者がいる可能性もあり、こちらが戦時利用を始めたからこちらも使ったと言われる。それどころか、こちらよりより戦略的に使われれば、こちらが一網打尽だ。
時空系魔法もしかりだ。アニエスとの約束もある。
「俺とお前に強化魔法を強めに掛ける。んで、これからテーブル吹っ飛ばして外に出って走る」
「色々得意な魔法があると思うのですが?」
クロエは時空系魔法のことを言っているようだが、使うわけもない。
「俺がここで一度でも使ったら、今後の戦いでお前ら連盟政府も使いまくるんだろ? 俺とお前は敵対してる組織だってこと忘れんな」
「さすがにもうだませませんか。残念ですね。なら、あなたのプランで行きましょう。何れにせよ、ここであなたと喧嘩して蜂の巣にされるよりマシですね」
防御魔法をさらに強化して、被弾しても痛みに足が止まらない程度に強めた。
タイミングを計ろうとしたが、兵士が一斉に銃を発砲してきた。単発式ではあるが、兵士の数が多い。グダグダと話している内に増援が来てしまったようだ。
「このままではテーブルが持ちません!」
カフェのテーブルも弾痕が増え、端の方から木くずが飛び散り俺とクロエは中心へと追いやられてしまった。
テーブルもこれ以上砕かれたら、隙を作る為の道具にもならなくなる。
移動魔法は使えない。
ここで仮に俺が死ぬからと言って移動魔法を使えば、後世の戦争がどれほど陰惨を極めるか考えるだけでも恐ろしい。だが、死なせないのは敵だけじゃない。そもそも俺も死ぬつもりなんざさらさら無い!
マルタンに入ってから目立つことに目立つことは出来た。これだけ亡命政府軍の援軍が来ていればアニエスにももう充分伝わっているはずだ。しかし、ちょっとやり過ぎたかもしれない。これ以上集まると今度は行動が遅くなってしまう。
それでも突っ込むしかない。クロエに強化魔法を掛けると、覚悟を決めたかのように口角を上げた。こいつもここでくたばるつもりは無いらしい。変に諦められて失禁でもされれば迷惑だ。
やるしかない。と自分にも強化魔法を掛けた。
そのときだ。
割れた窓からからひゅうひゅうと笛のような音の出る光の球が飛び込んできたのだ。




