マルタン芸術広場事件 第六話
クロエの様子を窺うと二人同時に銃剣を受けていた。
襲いかかっている兵士二人の足を氷付けにして動きを封じた。クロエは身体を捻り、二人の腹部に回し蹴りをかました。銃が手から落とされると軽い金属音を上げた。
倒れて気を失っている兵士のヘルメットを杖先で避けて確かめると耳が長い。亡命政府軍の兵士はエルフのみで構成されているようだ。
もう一人は意識があるようで、目を恐怖でまみれさせて震えながら俺を見ている。何かを震えながら言っているが、声にはならず、力一杯噛みしめた歯で言葉にはなっていなかった。
先ほどの兵士が見せていたように俺に向けた死の顔はすでになく、戦意は完全に失っているようだ。
足を捕らえていた氷を溶かして突風を引き起こして二人の兵士を、まだ撃ってくる兵士と俺たちを結ぶ直線と垂直になる方向へ思い切り吹き飛ばした。
クロエは足下に転がっている銃を一丁持ち上げると回すようにして見ると、驚いたように首を後ろに下げて怪訝な顔をした。
「“ウンゲドルディッヒ”ね。……なぜ、マスケット銃ではなくこれが? 誰が一体これを?」と怪しむような小声でそう言った。
「何か知っているのか?」
「これは、まだ……。おかしいわ。いえ、とにかく急ぎましょう!」
マルタン芸術広場はまだ遠くに小さく見えている。
幸いにも民間人を立ち入り禁止にしているようで、視界に入るのは銃を持つ兵士だけだった。しかし、その兵士の数は異様に多い。
これまで倒してきた兵士たちは全員エルフだった。それほどに連盟政府内部にはエルフの難民が多くいるのだろう。
「兵士はエルフばっかりだな! こいつらはみんな難民エルフか?」
「それはそうですよ! 亡命政府は帝政ルーア! 帝政ルーアはエルフの国ですから!」
「俺が聞いた話では、亡命政府が出来るのをお前ら知ってたらしいな! だからもっと人間が関与してんのかと思ったぜ」
「否定はしませんよ。
事実、亡命政府頂点はエルフですが、上層部には人間が多いです。ですが、停滞が起きたせいで内部の権力機構が私たちも予期しない方向へと変質しています。
帝政思想も変質してより強固で偏った思想となり支配しています。
連盟政府の支援を断り、それを連盟政府が受け容れたことに始まり、私たちが連盟政府の人間が利用するのは次第に困難になりつつあります。今後より帝政ルーアに性質は近づいていくでしょう。
人間がいるからこそ私たちは動きやすいですが、権力機構が完全に偏った者に掌握されればより厄介になるでしょう」
「俺からしたら胸くそ悪さしかないな。でも、やるしかないなら」
杖を大きく払い、飛んできた銃弾をはねのけた。
「やるしかない! 今はお前ら連盟政府のご都合は無視してアニエスを助ける!」
「どうやら話し合う必要があるようですが」と言うとクロエは杖を振り上げた。そして、石の壁を作り上げた。
「それは後のようですね!」




