血潮伝う金床の星 第十五話
「イズミ! イズミ! 帰ったらまた魔法見せてくれよ!」
ベレー帽にカーキ色の短パン制服、まだ新しくて硬い革のリュックを背負ったマリークが、少し先を後ろ向きに歩いている。学校への送り迎えと言う名の護衛が始まってから三日ほどたった。
朝はテンションの低い彼を学校へ送り届け、昼間はユリナの選挙工作に同行して、その後は彼のお迎えと言う日を繰り返している。マリークは帰るときはいつも魔法の話ばかり聞いてきて、彼の魔法への興味は日増しに強くなっていくようだ。
俺は剣のように左側の腰に付けた杖を指先で軽く叩いた。
「いいぞ。だけど宿題やってからな!」
「え~……やだぁ……」
宿題の話をするといつも通り彼は萎えてしまった。
「ママに言われてんだよ。しっかり面倒見ろって。でもなぁ、マリ―ク、良く聞け。宿題しっかりやるなら、俺の杖を触らせてもいいらしいぞ」
「ほ、ほほほ本当か!? じゃあ頑張る!」
帰ってからもあまりやる気にならないようなので、魔法の件をユリナに話したところ、モチベーションアップに使ってもいいと言われた。やはりこれは効果てきめんのようだ。
マリークは俺の横に並ぶと、手を取りぐいぐい引っ張り始めた。どうやら早く家に帰りたいようだ。
しかし、しばらくならんで街を歩いていると、マリークの顔から表情が消えて、歩みが止まった。彼の視線の先には三人の男の子がいた。一人は背が高く、一人は太っていて、もう一人は眼鏡をかけている。その子たちは俺たち二人を見るとこちらに向かってきた。
「おい、マリーク! お前の家はキョウコウハじゃないらしいな」
背の高い男の子が近づいて、マリークの肩をドンと押した。突き出したその腕には緑色の腕章が付いていた。緑、グリーン……もしかして、強硬派青年支部のリボン・グリーン団ではないだろうか。
しかし、いくら強硬派とはいえ、子どもがこんな市中で騒ぎを起こすことはないだろう。それに選挙を控えた大人たちに厄介ごとは起こすなと言いつけられているはずだ。ただの子どもの喧嘩でおわるだろう。ここでいきなり止めてしまうのは間違っているような気がしたので横で見守ることにした。
「父上が、お前の家がキョウコウハじゃないから街のチアンが悪くなるっていってる。みんながケイビタイにカンシされて好きなことができなくなるって言ってたぞ」
背の高い男の子が腕を組み見下しながらマリークに言った。
「そんなことはない! 戦争なんか続ける意味がないってパパやママが言ってた!」
負けじと腰に手を当てたマリークは言い返したが、どちらも聞きかじった言葉を並べているだけで中身がかみ合っていないような気がする。だが、言い返されたことに怒った様子の背の高い男の子はマリークの襟をつかみ、ついにこぶしを振り上げた。
「ストップ」
俺は背の高い男の子の腕をつかんだ。
これ以上は保護者同士の問題にも発展する。それは和平派と強硬派という、現状で一番引き合わせてはいけない保護者同士なのだ。だから、どちらの子どもも怪我をさせてはいけない。
そしてなにより、この喧嘩はマリークにとってもチャンスだ。
腕を掴んだまま、背の高い男の子に微笑みかけた。
「君たちは……リボン・グリーン団だね?」
「うるせー! なんだお前は!?」
「秘密。でももっと秘密なことがある」
背の高い男の子は疑り深いまなざしで俺を見始めた。
俺は彼を上から覆いかぶさるように覗き込み、そして目を細めて不敵に笑い、できる限りの怪しさを精一杯込めて言った。
「魔法、見たくないかい?」
それから何も言わなくなった三人を大きめの公園に連れ出した。そこかしこで魔法をぶっ放していいわけではないが、広いところで、パフォーマンスとしてなら、という条件付きの使用許可をユリナから貰っているので、俺はマリークとリボン・グリーン団の男の子たちに魔法を見せることにした。そのために、公園の中でもさらに人気のなくて広い場所まで連れてきたのだ。
三人の男の子は、変な大人に人気のないところまで連れてこられて不審がっている。俺は立ち止まり、四人の前で杖を高く掲げた。
「はい、みんな、ちゅうもーく。まず、小さな魔法を見せよう」
そう言って小さな火の玉を杖の上に出し、それを近くの石に向ってぶつけた。するとパーンと音を上げて石は割れた。前振りはこの程度でいい。本番はこれからだ。
「マリーク、おいで」
突然呼ばれたマリークは驚いて、不思議そうな顔をして近寄ってきた。
すぐそばに来ると彼に杖を渡した。渡された彼はそれを理解できずに眉を上げて口をあんぐり開けている。
「今度は君が出すんだ。軽く振ってみてごらん。この間やったように」
そういうとマリークの顔は不安に皺が寄った。
「できるかわからないよ……」
「大丈夫。マリークならできる」
「壊しちゃうかも……」
「大丈夫だって。君のママがぶん殴っても壊れない程度に頑丈だよ」
いきなり魔法を使えと言われたことに緊張したのか、杖を持つ手はわずかに震えている。しかし、俺は彼を前に向けて肩を強く押した。
実は杖には魔法がすでに仕込んである。小型の吹き出し花火のような、小さいけれど派手な魔法だ。音と光はこのぐらいの男の子を興奮させるには十分なものだろう。あとは、マリークの魔力で起動させるだけだ。もし魔力がなければ何も起きない。だが、マリークは一度魔法を使ったことがある。コツがわからなくても起動することぐらいはできるだろう。
俺が傍を離れると、マリークは目をつぶり、自信なさげに恐る恐る杖を振った。
すると、杖の先から赤、緑、黄、色とりどりの光りの粒がぱちぱち音を立てて迸った。なんと、仕込んでいた魔法よりも強いものを出したのだ。
それを見たリボン・グリーン団の男の子たちは目を輝かせて大興奮し、歓喜にまみれた奇声を上げている。火花が散る杖を持ったマリ―クも嬉しそうに、その場をくるくる回った。火花はきれいな弧を描き、彼を包みこむように輝いている。
一分ほどで収まったが、他の男の子たちはまだ叫び声をあげていた。やりたい、やりたいと言って集まってきたので、他の子にも杖を振らせたが何も起きることがなかった。やはり魔力を持っているのはマリークだけのようだ。それから最低限の魔法しか出ないように設定して、なおかつ遠隔で抑え込みながら杖をマリークに預けた。杖を振るたびに小さな魔法が飛び出し、リボン・グリーン団の男の子たちはマリークに夢中だ。彼が走ればついていき、止まって杖を回すとその都度驚いている。
いつの間にか四人は喧嘩していたことすら忘れて遊び始めたのだ。
傍にあったベンチでほほえましいその姿を見ていると、先ほどマリークに食ってかかった背の高い男の子が横に来て、静かに座った。それからしばらく黙っていたが、地面を見ながら言った。
「マリークは……す、すごい……奴なんだな」
「そうだね。彼は魔法使いになれるよ」
「なんでいじめてたんだろう……」
「君の言うキョウコウハじゃないから?」
「なぁ、キョウコウハってなんだ? 父上が、それが一番正しいっていうから、そうだと思ってた。マリークの家はそれに反対しているからダメなんだって。でも、全然違う。お前みたいな部下がいて、あいつは魔法使いになれる。力があるのに何でダメなんだ?」
男の子は手をぎゅっと握り、駆けていくマリークをひたすら目で追っている。
どうやらリボン・グリーン団の子たちは自分たちの掲げる強硬派の意味をあまり理解しておらず、ただ大人に言われるがままつかわれているだけのようだ。しかし、幸いなことに物事の区別がなくなってしまうほどの思想教育はされていない。ビッ〇・ブラザーをやっつけろ!と寝言で叫んでも鉄の声はしなさそうだ。
背の高いこの子が魔法を使うマリークから視線を離さないのは、和平派だから自分より劣っているはずだと思っていた彼の魔法の才覚が羨ましいからだろう。できること、できないことと和平派、強硬派を区別できずに、何かができる方が優れていると思い込んでいて、魔法が使えることは強硬派も和平派も関係がないことにも気が付いていないのだ。彼らはまだ十歳そこらの無垢な子どもなのだ。
「そういえば、君は? 名前は?」
「オリヴェル。オリヴェル・カールニーク」
「そうか。いい名前だね。じゃ、オリヴェルくんはどんな世の中で暮らしたい?」
「わからないよ。そんなの」
「じゃあ、オリヴェルくん自身が正しいと思ったことをすればいいよ。強硬派の反対は分かる?」
混乱したような表情でこちらを向いた。
「ワヘイハ……? 聞いても父上は良くないとしか言わないんだ。和平の意味は分かるけど、父上はダメだとしか……」
「良く知ってるね。でも頭ごなしにダメだなんて言われるのは悲しいな。強硬派も和平派も、それぞれに目標があるんだよ。その中でも俺が和平派なのは、ギンスブルグ家にいるからじゃなくて、俺自身が平和であるほうがいいと思うから。もちろん、君の父上も何かしらの目標を持っているはずだから強硬派なんだよ。それを聞いてから、それからその中で正しいと思ったものを選べばいいと思うよ。父上がしていることが正しいと思ったなら、それをすればいい。でも何か違うな、と思って自分はこうしたいっていう何かがあるならば、それに従ったほうがいい。それが和平派でも強硬派でもね。でももし、選べないっていうのならば、今は選ばないっていうのもありだよ」
オリヴェルはベンチの上に足を載せ体操座りになり、そのまま顔をうずめてしまった。もしかしたら俺は無責任なことを言ったかもしれない。キョウコウハとワヘイハもわかっていない十歳そこらの子どもにそういう選択を任せるのは残酷かもしれない。だが、できるならどちらでもなく、そんな決められた選択肢をだけを選ばせるのではなく、好奇心の先にあるものを追いかけて楽しみながら生きてほしい。
和平だとか戦争だとか、そういうのはもう少し大人になってからでいいと思うのだ。
真夏の広場で、子どもたちの先頭を走るマリークは杖から小さな氷の粒をまき散らしている。炎だったり電撃だったり、さっきまで種類が安定しなかった彼の魔力の傾向が安定して、本来の属性を発揮し始めたのだろう。彼の後ろを男の子たちが付いて走り回り、時折立ち止まるとマリークの作り出した氷の粒を掌に載せてのぞき込んだり、息を吹きかけたりしている。
その姿を見ていると思うことがあった。
自分で決めろと投げてしまったが、一つだけしてほしいことがある。
「それと、これは俺から……」
しかし、俺は言葉を途中で止めた。
「あ、何でもない。さ、オリヴェルも行ってきなよ。みんなのところにさ」
オリヴェルは何も言わずにマリークの後ろへ走っていった。
それからも四人は陽が暮れるまで遊び続けていた。
マリークの友達になってくれ、なんて言う必要はもうないな。
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