マルタン芸術広場事件 第一話
その日は朝から暑い日だった。よく晴れて気温もぐんぐん上がって、陽射しの中で立ち止まっていれはあっという間に焼けて、汗ばんでしまいそうだ。
連盟政府の道は舗装などされていない。ある程度平坦な道だが、気がつかないほどのアップダウンがあり、陽炎が揺れている。
陽炎を追いかけるタイヤが小石を踏む度に車体が飛び上がり、そのたびに横のクロエがヒッと悲鳴を上げる。スパイのくせに弱々しい悲鳴も上げられるのかと妙に笑いがこみ上げてしまった。
「何なんですか、これは?」
クロエはシートの目の前にある機関銃をべたべたと物珍しそうに触りながら尋ねてきた。
「それ? 機関銃だよ。引き金を握れば鉄の弾がだだだーっと飛んでくヤツ」
「そんなの、魔法より弱いでしょう。使い物にならないでッ!」
石を踏んで車体が再び大きく揺れるとクロエはバランスを崩してシートの中でよろめいて、機関銃に頭をぶつけそうになった。
「もっと安全に進めないのですか? 風が怖くて前が見えませんわ! しかも、地面も近くてお尻が擦れてしまいそうです!」
「スピードが出るのはこれがいいん、だよッ」と言うと俺は左手でクラッチを握り、左足でギアを上げた。そして、アクセルを思い切り回した。
グンと速度が上がるとクロエの上半身はシートに押しつけられた。
「サイドカーつきのバイクってのは立ちゴケもないし良いなぁ! はははは! バイクなんて大学以来だ! 晴れてるから余計に気持ちいい!」
「スヴェリアの技術はイカれてるわね」
ノルデンヴィズの車庫から盗み出したサイドカーに乗り、一路マルタンとの国境を目指していた。もちろんサイドカーには色々と装備を付けて貰った。
(忍び込んでアスプルンド博士に頼むと快く、しかも秘密裡に、オマケに過剰な装備まで付けてくれていた。帰り際に博士を軽く縛って来た)。
サイドカーのボンネットにはアスプルンド連射式多弾砲、横には三インチ徹甲弾一発を撃てるランチャー。
どちらも相当に重たいので、それでも加速が出来るほどの魔力エンジンに換装までしてある。撃たれ弱いが、打撃力はハンパではないのは見れば明らかだ。
博士との約束で現地に着いた後返却できないなら爆破しろと言われている。スピードの出し過ぎで既に魔石エンジンは真っ赤になっていてイカれそうではあるから、現地に着いてくれさえすれば問題ないだろう。
「バリケードが見えてきたぞ! クロエ、イヤーマフしてランチャー構えろ!」
イヤーマフはしたがランチャーが分からず、え、え、え、と戸惑っているクロエを他所に、俺はクラッチを握りギアを上げどんどんとバリケードへと向かっていった。




