不協和音 第一話
で、いよいよ当日というワケだ。グラントルアでは何が起こるのやら。
机の上に足を乗せてグリスの足りない椅子に悲鳴を上げさせながら動かした。机を蹴り窓際まで椅子をスライドさせて、ブラインドの間から外の様子を窺った。
グラントルアはよく晴れている。気温もぐんぐんと上がっていく。
魔石を利用した空調から吐き出される廃熱は空気を温め、建物の上から街並みの陽炎を揺らしている。街並みはいつも通りの夏の街並み、ではない。軍人が其処彼処に配置されている。
そういえば、あちらも、マルタンも晴れているそうだ。
スピーチの時間は正午過ぎ、行われる場所はマルタン芸術広場。
広場に面した市庁舎のバルコニーで宣言が読み上げられる。
狙撃対象は三階相当の高さに位置するバルコニーの中心。向きはありがたいことに南側だ。
ご丁寧に式次第を発表してくれたおかげで、いつごろ皇帝陛下がそこにおわすのか丸わかりだ。
狙撃される可能性については考慮されていないようだ。
広場はおよそ直径三百メートルだが、真円ではない。バルコニーを中心にすれば左右に広い楕円形だ。正面およびその両サイドからの狙撃を考えれば、狙撃距離は最短でも四百メートルは超える。
共和国製の銃なら規制解除前の魔力射出式銃だとしても、四百メートルの狙撃は可能だ。
マルタンはユニオンに近いだけあって気温も湿度も高い。
湿度の高さは高いほどに弾道は直線的になる。気温も高いほどに弾の速度を上げる。
この二つにおいては問題が無い。
しかし、平野部に位置するので、風の影響が大きい。
マルタンの建物は一番高い市庁舎で五階建て。広場は今では張りぼてだが噴水がある。そこを中心に発展していった街であり、広場の周りには市庁舎に並ぶほどの高さの建物が少なくない。
建物の隙間を道沿いに通り抜けてきた風がぶつかる場所でもあるのだ。
私が心配をしても仕方がないのだ。現地にはフリントロックの頃から有り得ないような狙撃をしていたジューリアと彼女が育てた精鋭の狙撃部隊が控えている。まず失敗は起こりえない。
街の地図、市庁舎の設計図、航空写真などありとあらゆる情報により展開する行動を決めているので、狙撃ポイントの確保までの軍の行動にも不安材料は無い。
そして、もう一つ。あれが揃えばもう問題は起きないのだ。
環境においての問題は全くない。その場合に成否に影響を及ぼすのは精神状態だ。そのチェックも申し分ない。
裏切り者でも出なければ、失敗などは存在しないのだ。そんなヤツはハナから存在しない。
まあ大丈夫だろう、と背もたれに頭を乗せた。今日は大事を取って各所休みにした。軍部省庁舎にいるのは最低の人数だけだ。
休みとなれば全体が動かない。自分だけで出来ることはだいたい全体には関係の無いことが多い。
さて、何をして時間を潰すかな、と肩を鳴らした。
すると内線が鳴った。杖を伸ばして受話器を引っかけて取り上げた。肩と顎に挟み、「なんだ?」と尋ねるとフロントからだった。
「長官、お客様がお見えです」と少し困ったような声が聞こえた。




