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血潮伝う金床の星 第十四話

 一斉に資料をめくる音が会議室に響き渡った。その日の議題内容は珍しく一つだ。


 全警備隊への魔法射出式銃配備のための銃増産により、その製造過程で使用される魔石が多くなることで、他の産業での確保が困難になると予想されている。そこで起こるであろう価格上昇に警戒せよという内容だった。手元に配られた資料には魔石販売を行っている会社一覧が大企業から中小、個人まで細かく記入されている。


 後ろからわずかに見えるユリナの書類の中に、俺たちの共和国側のダミー会社である『アルヘナ・コープ』の名前はまだない。そして、おそらく今後も載ることもない。バレるかどうか、心配はない。魔石販売を行う会社はこの紙に記載されていない物も山ほどいる。名前を変えて別会社を装いリスクの分散も図っているものもいる。載っている会社はテロリストの片棒を担いだとか、カルテルを組んだとかろくなことをしていなくて目立ったものだろう。

 だが特に対策を打たれるわけでもなく、リストに載るだけならバレたところで、なのだ。それにエルフには希少である魔石を、安価で軍需生産に見合うほど大量に売る―――しかも突如現れた―――会社などますます怪しすぎて誰も確かめようともしない。それは都合がいいのだ。軍工場としては十分な原料を確保もできて上からの指示に応えられるので、目下急ピッチで製造中だろう。



 一時間ほどで最悪の会議が終わり、ドアが開かれると外気が流れ込んできた。薄暗く風通しの悪そうな廊下の空気ですらおいしく感じる。思わず伸びをしたくなったが、まだ気を抜いてはいけない。

 アルゼンの病院への見送りを済ませて戻ってきたシロークと合流して三人で歩いていると、後方からシロークを呼び止める声がして振り向いた。長髪の男が、カスト・マゼルソンが駆け足でこっちに向ってきている。


「ユリナ長官、申し訳ございません。法律省長官……いや、僕の父が失礼なことを言ってしまった」

「あんだよ……気にすんなや」


 困った顔で後頭部をかくユリナに深々と頭を下げると、今度はシロークを心配するかのようにわずかに前かがみになり、彼の肩を軽くたたいた。


「大丈夫か?」

「私は大丈夫だ。気にかけてくれてありがとう」


 シロークはカストに柔らかい笑顔で返した。


「マリアムネは本当に残念だった。自然災害、とはいえあまりにも悲惨だ。だが、シローク、聞いてくれ。帝政時代に当時の若さで移行後の……」

「昔話に花を咲かせるのは結構だが、テメェらデリカシーってないのか?」


 前妻の話をされるのはユリナとはいえやはりいい気分ではないようだ。胸の前で腕を組んでいる。気づいたシロークはカストを控えめに抑えた。


「そうだな。マリアムネの話は少しやめてもらえないか? ユリナに失礼だ」

「はぁ? ちげぇから。マリアムネの名前が出てから、塩振ったナメクジみたいになってんぞ?」


 カストは二人を交互に見るとすまなそうに笑い、一歩下がった。


「そうか。すまないな。それにしても君たちは仲がいいな。だが、いずれ話すことになる。僕はここで失礼させてもらうよ。少し用事がある」


 とカストが背を向け離れようとした時だ。



「やあ!長議にカバン持ちとして出られるみんな!元気がないな!」



 会話の流れをぶった切るかのように大きな声に驚き、その場にいた全員がびくついた。突如話しかけてきた男は、廊下の真ん中を大股で闊歩しながら近づいてくる。まだ距離があるにもかかわらず良く通る声だ。ユリナが説明したとおりに空気を読まずにバカデカい声で話しかけてきたのは、政省からの候補者ギルベールだ。


「これから金融長官選挙の話し合いがある。まだ公示前だが色々動かなくてはならない。あまりずるいことはしたくないが、会っておかなければいけない人もいるのだ。マゼルソン、君も頑張らなければいけないな! このままではただの泡まつ候補で終わってしまうよ! でも、安心したまえ! このわたくしが長官になった暁には、悪いようにはしないぞ! カバン持ち以上の要職を検討しよう! もちろん、ルールの中でだがな!」


 口を開くとその大きさは声に負けないほどで、それだけでなく雰囲気まで必要以上に豪快なギルベールを前にしたユリナは今にも爆発しそうだ。剣のように腰に携えているガマズミの杖からわずかながら湯気が出ている。会議の内容うんぬんよりもこういう手合いを相手にするほうが彼女にとっては不愉快なのだろう。


「そうだね。僕も頑張らなくてはね。では、セルジュ、シローク、ユリナ長官……と、それからイズミと言ったかな。ここで失礼させてもらうよ」


 ギルベールの態度に誰もが苦々しい反応をする中で、唯一カストだけはなだめるかのような対応をした。そして彼はご丁寧に俺にまで会釈をして足早にどこかへ行った。彼が去ると同時にギルベールも大声で笑いながらいなくなった。三人の周りから一瞬のざわめきが消え途端に静けさが募った。


「さて、二人とも。私も行かなければな。夕食までに屋敷には戻る」


 少し間をあけるとシロークも金融省に戻っていった。

 廊下には俺たち二人が残され、ゴォーという換気設備の音が聞こえる。


 しばらく黙ったままのユリナがポケットから煙草を取り出した。まだイライラが収まっていないのか、力み過ぎて箱から出すときに一本折り曲げてしまったようだ。もう一本取り出し咥えたので、ライターで火をつけると、「長議中の」と言って廊下の先を見たまま前髪をかきあげた。そして大きく吸って口から煙草を放し、親指で灰を落しながら「アルゼンの後ろ、見たか?」と尋ねてきた。

 俺が、ああ、と答えると彼女はさらに話を続けた。


「三人そろってただろ。あれが候補者だ。今日は候補者の顔出しみてぇなもんだな。アルゼンにゃ立候補の意思を伝えてあるからシロークもいたんだろう。にしても、あのトップハットのブタが病気で引退が早いと見込んだ連中がこぞって自分の配下を金融省に行かせたのが見え見えだなぁ。これから公示日を過ぎたら選挙活動が始まって、三人以上の候補者がでる」

「ということは、あの三人以外がなる可能性もあるのか?」

「そりゃないな。戦略目的以外の連中は税金対策か酔狂の趣味だ。舵もろくすぽとれねぇ奴らだ。ま、要するに泡まつ候補だな。メンツぁ分かったな?」


 彼女は鼻の穴から煙を吐き出した。


「ああ、だいたいな。それから、今後活動が始まると、まず狙われるとしたらマリークだとククーシュカがアドバイスしてきた。それにはどうする?」

「ククーシュカ……、ああ、あの根暗か。確かにな。護衛が必要か……。白ゴリは……、いや、勘弁してくれ。悪い奴じゃないのは知ってるが、自分の息子とダチがイチャついているのを見せられるのは、なんだ、こう……」


 吸っていたタバコが一瞬で短くなった。ユリナは珍しくそわそわとした顔で目が泳いでいる。落ち着きなくタバコの箱を取り出し、二本目を吸い始めた。


「言いたいことは分かる。代わりは? オージーやアニエスは言葉が通じない」

「じゃ、お前やれ。そこまで忙しくねぇだろ? じゃ今日の帰りからヨロ」

「断る権限なし、か。学校はどこだ?」


 俺はマリークの護衛をすることになった。


 ただ護衛をするだけならよかったが、後になってあれこれ注文を付けてきたので、護衛よりも子守りと言う感じになった。

読んでいただきありがとうございました。感想・コメント・誤字脱字の指摘、お待ちしております。

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