勇者(45)とその仲間 第六話
「キミはさ、もう新人じゃないんだよ?いったい何か月一緒に行動してると思ってるの?」
「……三カ月です」
「いやいやいや、そういう具体的なこと言ってもしょうがないんだよ。わかんないの?バカだな。長い時間無駄にしているって言いたいの」
この時間こそ無駄ではないか。そう思ったと同時だ。
「お先に失礼します」
食事を終えたカミーユが丁寧にあいさつをして帰り支度を始めた。
まるではじまった、はじまったと言わんばかりのタイミングだ。
「私も事務作業がありますので、失礼します」と続いてレアも準備を始めた。
「おぅ、ミカちゃん、ユッキーまたな。気を付けて帰りなよ。ゴミ新人、てめーはまだ話し終わってないからな。帰れると思うなよ」
情けないまなざしを二人に向けてしまったが、視線は合うことなく二人の背中を見送った。いなくなると静けさが身に染みるほど強まった。あの二人がいることでだいぶ緩和されていた空気の悪さが一瞬にして最悪になり、息をするのも苦しい。
尋問後意識が戻って以来、昼間はひたすら無視をされ、一日が終わり食事をしているとシバサキの説教が始まるようになった。
この何日かは同じことを毎日毎日言い続けている。加入してからの期間、実績のなさ、とても高価な杖の話、橋の件の話。
カミーユもレアも付き合う気は毛頭ないらしい。自分たちの食事を終えるとレアはそそくさと本部の事務所に戻り、カミーユは時間ですのでと言うとさっと帰る。
置いて行かないでほしいと思うところもあるが、仕事は仕事で割り切ってくれたほうが、普段から感じている二人への申し訳ない気持ちがすこしだけ緩和される。ましてや時間に細かいカミーユはまるで関係がない。ここで長時間付き合せるのはそれこそ彼女の時間の、人生の無駄だ。
それから、飲み始めて四時間、二人が帰ってから三時間がたった。ほぼいつも通りの時間だ。灰皿には吸殻がうず高く積まれ、シバサキがそろそろ飽きてくるころで解散になる時間だ。だいたい最後は杖の話をして終わる。
「お前さぁ、何のために高いモン買ってやったと思ってるの? それさぁいくらすると思ってるの? それに見合った働きしてもらわなきゃ困るんだよ。いつまでもいつまでも新人のつもりでバカみたいなことし続けられても迷惑なだけなんだよ。その杖だってさ、期待してお金貸してあげたんだからな。それ借金だから忘れんなよ」
またタバコを灰皿に押し付けた。
終わった。長い一日が終わった。これで今日も解放される。
しかし、様子がおかしい。普段なら会計をするためにレアとカミーユが置いて行ったお金をまとめるはずだが、おもむろに近くにあったウィスキーを取り上げるシバサキ。
何をしだすのかと思いきや、灰皿に注ぎ始めた。七割くらい注ぐと不安定に持ち上げ渡してきた。
「コレ飲め。全部飲んだらチャラにしてやるよ」
「えっ、それは、あの」
「は? 上司命令聞けないのかよ。あ、そーれ、そーれ。さっさと飲めや」
コールが始まった。
女神との約束、レアへの恩義と借金、これからの生活、さまざまなことが頭をよぎった。
何もかもできない、中途半端、人に迷惑ばかり、未来も見えない。
俺はこっちに来てもこうなのか。世界が変わっても俺はかわらないのか。
物語みたいな生活を期待した自分がいた。でも、結局何一つ変わらないのか。
シバサキのコールが頭の中を反響して、遠くで響いているようだ。
灰皿を手に取り、一思いに口にした。
無理だった。
勢いやヤケで何とかなると思っていた俺を口いっぱいに広がるタールが現実に引き戻した。
思わず灰皿を捨て地面に吐き出す。出しても出しても口の中のタールは消えない。大小さまざまな灰が口の中をじゃりじゃりさせている。
灰皿は地面を転がり、くるくると回った後カランと虚しく倒れた。
気分が悪い。帰りたい。
「今日は帰ります」
限界だったのか素直に言葉が出てしまった。
「は? 帰ってもどうせ暇なんでしょ。家に帰って眠るまで何するか一分刻みで言ってみ」
何も言えず下を向いてしまう。
「ホラ何にもしないじゃん。人の話聞くのが嫌で逃げようとしてるのバレバレだから」
どうやら帰す気はないようだ。
その後も長時間にわたる説教が続き、解放されたのは日をまたいでいた。
他の客はすでにいなくなっていた。
給仕の女の子がそろそろ時間です、と伝えてきたがもうとっくに営業時間は過ぎていただろう。きっと話しかけ辛くてこんな時間になってしまったのだろう。そしてその子もこの店のオーナーに怒られてしまうのだろう。
シバサキは自分の宿がすぐ隣なので、おっそうか、部下が済まないことをしたな、と言うとすぐにいなくなった。下を向いてしばらく動けないままになった俺にろうそくの明かりが差し込み、壁に小さな影を投げかけ揺らしている。
さっきの女の子がおずおずと近づいてきて「大丈夫ですか?」と様子をうかがって、手を差し伸べてくれた。大きな声で話していたで、会話の内容はすべて彼女も聞いていたのだろう。
目の前にある小さな手を見ていると忘れていた悔しさ悲しさ虚しさがすべてこみあげてきた。すがりたいはずなのに、なぜか振り払って駆け出して店を出て行った。
深夜の街、人もいない。明かりもない。
真っ暗な雪道を重たい体を引きずって歩く。
涙が止まらなかった。
いっそのこと、ここで夜盗にでも遭ってしまえばいいと思った。
ぼこぼこにされて、身ぐるみはがされて、そのあとは寒空に放っとかれればきっといずれ寒いと感じなくなってくるに違いない。
そのまま目を閉じて眠ってしまいたいと思った。
雪が降り始めた。静かな町からさらに音を奪っていく。まるで世界にだれ一人いないかのような静けさだ。本当に誰もいなくなってしまえばいい。
残念なことに何ごともなく拠点につき、ドアを音を立てないように開けた。明かりの消えた部屋の中に雪明りが差し込む。
そっと閉めると軋む音のあとに真っ暗闇に飲み込まれて、その場に倒れこんだ。