服従者の偽り 最終話
「それにはおよばない。内容の抜き打ち検閲にしてしまえば問題ない」
「それは市中警備隊としての仕事ですか? 帝政思想の秘密警察ですか?」
「どちらもだな。帝政思想の障害たり得るなら、市中警備隊の権限で止めてしまえばいい。尤も、それも帝政が戻るまでだ。戻ってしまえば皇帝の勅命ということにして潰してしまえばいい」
「ならば帝政が戻ってからでも問題ないですね。私はこの映画が好きでして、今しばらく観ていたいのです。すぐにこの映画館が潰されてしまうのは些か悲しいのです」
「本当に見返りはいらないのかね?」
「ええ、いりません。この国をよくしていただけるならそれで充分です」
「しかし、これほどまでに協力をしてくれたというのに何も差し出さないというのはこちらも申し訳ない。奪還成功の暁に重要なポストを与えよう」
「私は一介の軍人ですよ。政治の世界に身を投じても何も為し得ません」
「相変わらず素晴らしい謙虚な姿勢をお持ちだな。どこかの女長官とはワケが違うな」
「奥方は優秀ですよ。ですが、性格がきついのです」
「君は随分と長い間、あの傲慢な女の下でよく働きよく耐え、そして我々に有益な情報を与え続けてくれた。
だが、それももう少し。この国から悪は洗い流される。君も自由になるだろう。
何もいらないと君が言おうとも、自由になることは確実だ。こちらも生活の保障や仕事の斡旋くらいはしないと気が済まない」
何か与えないと気が済まないというのは寛大ではなく、行動への保険。そして、失敗したときに逃げさせない為の楔。もしくは責任を押しつけるためだろう。
「ありがたいですね。それでも私は何もいりません。自由という可能性だけで充分なのです。ですが、あなた方はきっと何かしなければ私を帰してはくれないでしょう」
映画館の出入り口の方をちらりと見ると別の隊員が二人、ドアの前に立ち、映画のスクリーンから跳ね返った青白い光を顔に受けている。
左右を警戒するように見ながら、暗闇の中で話をする私と隊長の様子を時折窺っている。
「警戒なさらなくて結構ですよ。あなたとは長い付き合いなのですから。
どうしても私に何かくれるというなら、革命家の仲間たちのことをもっと教えていただきたいですね。
これから国を治めていく立派な人たちの顔と名前を覚えておきたいですね」
そして、間を開けて「将来困ったとき、色々口利きしてもらうことも出来ますからね」と両肩を上げ小首をかしげて微笑みかけた。
隊長はふっふと鼻を鳴らして笑った。
「それくらいでいいのならいくらでもお話ししよう。だが、とても長い話になるぞ。
では、これからムール貝のフルコースはどうかな?
シーズンには少し早いが、美味しいものをだしてくれるところがある。フラメッシュ大尉殿」
「それはステキですこと。ご一緒させていただこうかしら」




