服従者の偽り 第一話
冷たい社会の中で崩壊していく尊厳、それにより狂気に駆り立てられて蛮行に及ぶ社会の犠牲者。
今、私が見ている映画のテーマだ。
奥方が昔から言っていた映画とは、こうも無音のものなのか。
映像技術が発明されてすぐに演劇は映像の中へも広がった。機械は高価だが一度の撮影で同じものが何度も見られるため人件費が安いそうだ。
オペラや歌劇は上流階級のたしなみに、こういった無声映画は庶民の娯楽となりつつあるようだ。
大衆無くして国は成り立たない。やがてそれらはエンターテインメントとして一つにまとめられるだろう。
グラントルアの片隅にあるシアターは、雨天の今日は人が少ない。
カラカラと乾いた滑車が滑るようなフィルムを回す音が背後から聞こえていたが、誰かがシートの背後通り抜けたのか、一度その音が途切れた。
隣に大柄の男が座るとシートが僅かに揺れた。そして、「情報はどうだ?」とすりつぶしたような低い声が聞こえた。
問いかけに私は、こちらです、と一冊のファイルを渡した。男はファイルを受け取ると、薄暗がりの中でぱらぱらと中身を確認した。
「軍部省の建物、およびギンスブルグ邸の設計図です。
奥方も私の上司もなかなか鋭い人ばかりで持ち出すのは苦労しましたよ。
真実かどうかを確かめるために何かしろというのは勘弁していただきたいですね」
「いや、構わない。君とは長い付き合いだ。嘘はつきまい。協力に感謝する」
男はファイルを脇にしまい、スクリーンの方へ向いた。
「感謝されるようなことはしていません。この国に住む者なら当然でしょう」
「あなたのような人が我々の計画に極秘裏に協力していただけるのは非常にありがたい」
「西方広域海洋警邏部で世話になったではありませんか、市中警備隊グラントルア都市部隊長。あなたがよくしていた帝政思想の話、今でも覚えてますよ」
男は正面のスクリーンを見たまま「懐かしい話を」と笑った。
「そういえば君は西方広域海洋警邏部を追い出された後に白服機関にいたな。白服機関に帝政思想はいないのか?」
私は昔、ルーア帝国軍の西方広域海洋警邏部に所属していた。要するに海軍だ。
その際にイスペイネ自治領との瀬取りでの密輸に関与していることが明るみに出て放逐された。
その後に傭兵時代に、エルフでありながら若干の魔術適性を見いだされ白服機関の前身である特別情報親衛警邏祕咒部にスカウトされていた。
ギンスブルグ家に仕えるようになったのはその直後からであり、共和制に移行しセクタ・コルザが白服機関に代わって以降も数年どちらにも所属していた。
過去の清算を条件にギンスブルグ家に専属の女中となった。




