叛国の徒、突入に至るまで 第四話
「俺はスピーチ当日にアニエスを助けに向かう」
「それはいけませんね。私は手伝うどころか、あなたをここで止めなければなりませんね」と立ち上がり正面を向くと杖を持ち上げようとした。
俺は同時に自分の腰につけた杖の柄を弾き、クロエの右手に強烈な空気の振動をぶつけてクロエの杖を弾いた。
杖は弾かれると空を切るような音を立てて回転して俺の顔へまっすぐ飛んできたのですかさず受け止めた。
所有者以外に突然触られて杖は抵抗してきたが、流れた呪文を流し返すと煙を上げて杖は大人しくなった。
クロエは「随分、腕を上げましたね」と顎を引き睨みつけてきた。
「お陰様でな。それで最後まで話を聞けよ、エセ道化。それともシバサキ二号さんとでも呼んでやろうか?」
「……杖を奪われる以上の屈辱です」と言って顔を背けて舌打ちをした。そして、話を続けろと言うように顎を動かしてきた。
「お前の言ってた“レッドヘックス・ジーシャス計画”ってあんだろ? あれでアニエスは皇帝になる」
「それがどうかしたのですか?」
「アニエスは殺される。共和国の手によってな」
「それはありえませんわ。実は私、レッドヘックス・ジーシャス計画を成功させろと共和国のさる方に言われましたの」
「誰にだ?」
クロエはふふふと笑い出した。そして、人差し指を立てて口に当てもったいぶるような仕草を見せた後「あなたはそれを聞いて驚くで」「ゴチャゴチャうるせーよ、カニカマ道化女。俺が今言えつったのは名前だけだ。さっさといえ」
話をぶつ切りにされて肩と眉間をぴくつかせたが、咳き込んで気を取り直すと
「ユリナ・ゲインズブール、いえ、正しくはユリナ・ギンスブルグ共和国軍部省長官です」
と言った後に不敵に笑い始めた。
ああ、なるほど。勿体ぶった割にはそんな程度か。
「ああ、なるほどね。あっそ」と返事をした。
「おかげで話がつながったよ」
クロエは俺が動揺するのを狙っていたのだろう。しかし、こちらの反応が予想外にも冷静だったので、逆に驚いてしまったのだろう。
剰え、「どういうことですか?」とまで尋ね返してきたのだ。
「俺は昨日共和国で長官たちの会議に参加させられた。そこでアニエスを殺すことを聞かされた。一方的にな」
「そんなはずは」「あるんだよ。いつ殺すんだと思う?」と不敵に笑い返した。そのまま思い切りふざけた表情をして見つめるとクロエは奥歯を噛みしめ始めた。
「お前の真似だよ。やられるとイライラするだろ。
マルタンでスピーチがあるだろ? そこでアニエスが皇帝になると言った直後だとよ。
ユリナたちは皇帝を殺すつもりなんだよ。皇帝を殺して帝政思想の根底に横たわるものを完全に潰すつもりだ」
クロエは話を聞くと噛みしめた奥歯を離した。こめかみが収まると怪訝な表情になり始めた。
「お前の計画じゃあ、皇帝はその後も生きてなきゃいけないんだろ?
だが、残念だったな。お前の“レッドヘックス・ジーシャス計画”は帝政思想の根絶やしの為にユリナに利用されたんだよ。
いつからか知らないけど、ユリナがお前に協力要請してきたときには既にそういう風に動かされてたんだよ。ざまぁねぇな」
そして、仕舞いには完全に黙り込んだ。
「黙ってるが、どうするんだ? 手伝う気になったか?」
「もう少し具体的にお聞かせ願えますか?」とクロエは柄にもなく話に食いついてきた。




