迷える羊飼いとギンセンカの乙女たち 第三十三話
ルカス大統領は右の眉毛を弄りながら、何気なくそう言ったのだ。
その瞬間、執務室の内部は静まりかえり、息も許されぬほどに空気は張り詰めた。
ルカス大統領、ティルナ、そして私の三人しかいなかったはずの執務室は烏合の衆が突然沈黙したときのような不気味な気配に包まれたのだ。
ルカス大統領はやはりこの国の頂点なのだ。凄まじい覇気だ。
「冗談だぞ」と大声で笑いだした。
「国を一度の戦いで消し去るのは不可能だ。国土だけではなく、主義、思想、精神や魂まで殺し、亡霊さえも祓ってから初めて国は消滅したと言えるからな」
冗談だと笑って済ませたが、言った直後に感じた覇気は本気で連盟政府を根絶やしにしようというものが確かにあった。
アホウドリなどではなく、末恐ろしい飛翔能力を兼ね備えた猛禽類だ。
「移動魔法を混線させるために使う場合には、こちらも使うことは出来ないというわけだな。だが、それでは移動魔法は無いも同然。
もし仮にあの二人が味方についたとしてもメリットが少ないのではないか? 戦力が二人加わった程度では数の上での差は埋まらんぞ」
「レアに関して言えば移動魔法だけが脅威ではありません。彼女自身戦闘力は非常に高いのです。しかし、もう一人はどうでしょう。聞いた話では凄腕のスナイパーらしいですが」
「戦いは山岳、しかも森の中だ。見通しが利かなければ狙撃も遠距離からでは出来ないだろう」
「それですが、彼女の所持品の中に銃らしきものはありませんでした」とティルナが調書を再び持ち上げて何枚かページをめくった。それをルカス大統領の方へと差し出した。
大統領はそれを受け取ると、視線が左右に流れ始めた。何行か読んだ後に調書を机の上に放った。
「銃を持って戦わせるとなれば、こちらで手配しなければいけないというわけか。それには気が進まない」
銃は北公への技術流出の件があり、共和国はナーバスになっている。
現在ユニオンで普及している銃は魔法射出式銃となっている。しかし、協定により使用状況を共和国に報告をしなければいけない。
生産は共和国のみで行われ、ユニオン国内で改良や増産をすることは禁止されている。
北公に流れたのは魔力雷管式銃だ。魔法射出式銃はまだ流れていない。それを北公軍に所属しながらも商会の諜報部にも所属するような者には触らせたくないのだろう。
「カミュの報告では、もう一人はポルッカ・ラーヌヤルヴィと言う名前の錬金術師ということでしたね。ですが、杖を持っている様子はありませんでした。
身体検査時に左腕はマジネリンプロテーゼ、というより身体に金属が取り付けられていました。
こちらもカミュの報告に基づけば、黄金捜索時に利き手である左手を負傷して北公へ戻り、治療を受けたのでしょう」
ルカス大統領はうなり声を上げた。
「何とも……。二人とも未知数ではないか。それも低い方に」
「とにかく、事情をもう少し聞きましょう。当人たちが戦う意思を示している以上、何かしらの戦闘手段を考えているはずです」




